「･･･え？　いきなりどうしたんだよ啓太」 「だから･･･っ」 　俺に問い返している和希の瞳がどことなく楽しげに見えるのは、俺の気のせいだろうか。 　俺の唐突な言葉に驚いているように見えて、その実全然驚いていないように見えるのは。 　俺がこんなに必死になっている様子すら、和希は楽しんでいる･･･そんなふうに思ってしまうのは、俺の考えすぎなんだろうか。 「だから？　落ち着いて啓太。俺が、どんなふうにほしいって？」 「か、和希にもっと触れて･･･」 「うん」 「和希に触れられて、き、気持ちよくしてほしい･･･。それから和希と、繋がり･･･たいよ･･････」 　さすがに恥ずかしくなって、俺の語尾はだんだん小さくなった。勢いで言ってしまったけど、ほんとにいきなりなにを言い出しているんだろう俺。和希に特別なことなんかなにもされてないのに、和希を見て、和希に触れているだけでその気になってしまっているなんて。 　恥ずかしくなって俯いた俺の頭に、和希の手が乗せられた。和希の指で頭を撫でるように、髪を梳かれる。 「啓太は俺がほしいんだ？」 「だからさっきからそう言ってるだろっ」 「うん。嬉しくて、何度でも確かめたくなるんだ」 「そんなの･･･悪趣味だ･･･」 　髪に触れていた手が移って、俺の頬を滑った。和希の手に優しく顔をあげさせられて、そうして俺は再び和希の顔を見ることになった。 　本当に嬉しそうに笑っている和希の表情に、俺の胸が一段と高鳴る。 　和希の手が俺の顔からさらに下がり、首筋を通って俺の服に触れた。指先で襟元をつついて、和希は俺を促した。 「じゃあ、脱いで」 「えっ!?」 「俺がほしいなら、啓太が自分で脱いでみせて。ここには俺しかいないんだし、俺がほしいならできるよな？」 　そんなの恥ずかしくてできるわけないだろ!!･･･って、俺はすぐに返したかった。 　けど、俺がそうしない限りは和希が俺に触れる気がないのはなんとなく察しられた。いつもだったらすぐに抱きしめてキスぐらい簡単にしてくれるのに、今日の和希は意地が悪いような気がした。さっきのも、絶対俺の様子を見て楽しんでいたんだ。 「ほら、啓太」 　・・・・・・ずるい。 　俺は恨みがましげに和希を見つめる。和希は腕なんか組んでしまって、俺が服を脱ぐのを待つ気満々のようだった。 「俺は和希に･･･脱がせてほしいよ」 「それじゃ俺がつまらないからだめ。啓太が言い出したことだろ？　やっぱり言い出したほうから動かないとな」 「俺は別にここでしたいなんて言ってない」 「俺はここでしたいよ。それに、啓太だって本当はここでしたいくせに。場所を変えて仕切りなおすまで我慢できるくらいなら、啓太はこんなところでいきなり言い出してないだろ」 　俺の心を見透かしたように和希が言った。和希の言葉は確かにそのとおりで、部屋に戻ってベッドの上に寝てから、というのも待てないほど俺はのぼせてしまっているんだから。 「啓太。啓太は男のコだろ」 　男だったらなんだって言うんだよ。覚悟を決めろってことかよ。 　でもこんなこと覚悟を決めるようなことじゃないし、はっきり言って和希が変な趣味してるだけだろ。 　俺は和希にとことんまで逆らいたかったけど、でも実際に俺の体の熱は冷めてくれなくて。和希に対抗するには、俺の理性はかなりぐらつきかけていた。 「和希･･････」 「そんな顔してもだめ。俺はここで、啓太のすべてが見たいよ。勿論啓太が言い出さなかったらそんなことさせたいなんて思わなかったけど、せっかく啓太からその気になってくれたんだから。ちょっとくらい、意地悪して楽しんでもいいだろ」 　よくないよ。和希の変態っ。馬鹿！ 　俺は本当にそう言ってやりたい気持ちを飲み込んだ。どうせそんな言葉を突きつけたところで、和希はより楽しげに笑うに決まっているんだ。 「啓太は、俺に見られたくない？　俺に見られるの、いや？」 　恥ずかしいからそんなのいやに決まってる――すぐにそう思ったけど、俺はもう自分の中で覚悟を決めていた。どんなにあがいても状況は変わらない。むしろ和希をほしい気持ちが増すばかりだ。 　だったらもういっそ･･･。 　俺は自分の服に手をかけた。和希がいるほうを見ないようにしてシャツを脱ぎ捨て、ズボンを手早く下ろす。どうせ和希にはとっくに全部見られているんだから、もたもたしてないで思いっきりスパッて脱いじゃえばいいんだ。普通に着替える感覚で脱いでしまえば、きっと恥ずかしさなんてそれほど感じない。 　俺はそう思い込むことにして服を全部脱ぎ捨てた。下着を脱ぐときだけはさすがに一瞬躊躇したけど、和希の言ったように男なんだし、同性を前に素っ裸になることなんて別に変なことじゃないんだから。 「ほら、これでいいんだろ」 　俺は開き直って、挑むような目つきで和希を見た。 　そう言った俺の声がかすれてしまったのは、きっと思った以上に肌に触れた空気が冷たかったせいだ。ただそれだけであって、別にいたたまれないほどの恥ずかしさを感じているわけじゃない。 「啓太･･･」 　俺を見て、和希が息を飲んだ。そのまま俺の体をじっと見つめている。 　は、恥ずかしくない恥ずかしくなんかない･･････。 　和希が組んでいた腕を解いて俺に近づいてきた。和希との距離が縮まって、いっそう強く和希の視線を感じる。 　ゆっくりと俺の体を辿る和希の熱っぽい視線。 　恥ずかしくなんて･･･。 「啓太･･･すごく綺･･･」 「俺の感想なんていいからっ！」 　俺は和希の口を慌てて両手で塞いだ。感想とか観察とか、そんなの本当にいらないから。和希の声で変なことを言われたら、俺は懸命に我慢している恥ずかしさに耐えられなくなる。 「感想というか、啓太を口説こうとしているだけなんだけどな」 「そんなのいらないよ･･･」 　俺の手をどけた和希の手が、俺の腰に回った。直接肌に触れた和希の手に俺はどきりとする。 「綺麗だよ啓太。月の光に照らされた啓太、俺の想像以上に綺麗で眩しくてくらくらした」 「お、男の裸見て綺麗とか眩しいなんて言うなよ」 「でも事実だよ。今日の啓太、俺は一生忘れないよ」 「さっさと忘れろよ」 「忘れられないよ。全部、なにもかもが感動的で、しっかり目に焼きつけたからな。･･･啓太のがちゃんと俺に反応してくれていたことも」 　小さな声で耳打ちされて、俺ははっとする。和希に見られているっていうだけでいっぱいいっぱいで意識してなかったけど、もしかして俺、脱ぐ前から･･･っ!? 「か、和希っ」 「啓太。もう一回言って。俺がほしいって」 「あっ･･･」 　和希に囁かれて、耳にキスされた。そのまま和希の唇が俺の耳たぶを挟み込む。 　それと同時に腰に回っていた手に脇腹を撫でられて、それだけで俺の肌がざわついた。 「ちゃんと俺を見てねだって」 　意地悪だけど、わがままだけど、でも目を開いてみれば俺のすぐそばには和希がいて。 　俺の顔を覗き込んだ和希の瞳は、月明かりを受けて俺を誘うように揺れていて。 　和希は俺のことを綺麗だとか言ったけど、でもそう言っている和希のほうが俺よりずっと――。 　俺は自分の手を持ち上げて和希の頬に触れた。そうしていると先ほど和希に見とれていたときの思いが一気によみがえってくる。俺は自分から、和希の唇にそっとくちづけた。 　俺はもう、月の光に酔わされているのかもしれない。 「和希が･･･好きだよ･･･」 「うん」 「和希が、ほしいよ。今、すごく」 　和希の顔をじっと見上げて、俺は自分の中の今一番素直な感情を吐露した。 「だから抱いて――」 　俺がそう言うと、和希の腕に強い力で体を引き寄せられた。そのまま和希にキスされる。唇が重ねられてすぐに和希の舌が俺の口の中にもぐりこんできた。 「･････んっ･･･っ」 　いつもより乱暴なキスなのに、俺は全然いやじゃなかった。俺の口の中に入ってきた和希の舌を、俺は懸命に受け止める。どうすれば自分が気持ちよくなれるかとか、どうすれば和希にうまく合わせられるかなんて全然わからなかったけど、とにかく熱にうかされたように和希のキスに応えた。キスの合間に聞こえる濡れた音が俺を煽る。 　どのくらいキスしていたかぼんやりしてきた頃、和希がほんの少し顔を引いて唇を離した。だけど俺はもっとキスしていたくて、すぐに和希の唇を追いかける。今度は俺から和希の口の中に舌をもぐりこませたり、和希の唇をついばんだ。 　和希の手に優しく頬を撫でられて、俺は和希が引いたのは故意だったのだと知らされる。和希の手が、俺にいい子いい子しているような感覚に陥った。 「今日の啓太、すごく情熱的でくらくらする。なにもかもが俺に欲情してて最高」 　キスが終わって俺が呼吸を整えていると、俺の濡れた唇を親指で拭いつつ和希が笑った。それに対して俺は反論する気も起きなかった。悔しいけどもうそれは事実だし、まぜっかえすよりも早くしてほしかったから。 「ほんとに、かわいいよ」 　和希が俺の首筋にくちづける。そのまま鎖骨の辺りを舐められながら、ゆっくりと床に押し倒された。ベランダの冷たい床が背中に当たって、俺は今本当になにも身につけていないんだってことと、ここが外だってことを改めて意識した。 　俺の上に乗ってきた和希の肩越しに、天上の星が見えた。 　俺たちは再びキスをかわす。和希は俺の髪に指を通して優しく頭を撫で、俺は和希の背中に腕を回した。早く体が熱くなって床の冷たさを忘れ、和希だけを感じて流れてくる風を忘れられればいいと思った。こんな外なんかでみだれる自分を意識せず、夢中になれればいいと願う。 　――けれど。 　キスをかわして和希に脇腹やへその辺りを軽く撫でられて、これからいよいよ本格的にと思ったところで、和希の手の動きが止まった。目を開けてみれば和希のなにかたくらんでそうな楽しげな瞳とぶつかった。 「和希、手を止めないで。もっと･･･」 　俺はわざと甘えた声を出してみた。和希がなにを思いついたかは知らないけど、俺が和希にねだってみせることで、和希が思いついたことを取りやめて普通に続けてくれればいいと思った。 　けど、俺がちょっと甘えた振りをしてみせたところで、それに普通にこたえてくれる和希じゃないんだよな･･･。 「色っぽいよ啓太」 「和希だって･･･。声とかかすれていてぞくぞくするよ。もう焦らさないでほしいって思うよ」 「別に焦らしているわけじゃないよ。ただ啓太に聞きたいことがあってさ」 「聞きたいこと？」 　先回りしてそれとなく釘を刺した俺の言葉をあっさりとやり過ごして和希が言う。 「啓太。俺に触られたいって言ったよな。俺に触られて気持ちよくなりたいって」 「言ったけど･･･それがどうかしたのか？」 「啓太は俺にどこを触られたい？　啓太が、俺の手を導いて。そしたら啓太が触られたいところを触ってやるからさ」 　和希は俺の顔の前に自分の手をかざしてみせた。それから俺にもう一度、噛んで含めるように言った。 「啓太が俺の手をとって気持ちよくなりたいところに導いて。でないと俺は啓太がどこにどんなふうに触られたいのかわからないし、啓太の望むとおりに気持ちよくさせてあげられないからさ」 　俺の触ってほしいところに、俺が自分で和希の手をとって導く･･･それがどんなに恥ずかしいことかは、具体的な状況を想像するまでもなかった。すぐにいやだって言いたかったけど、そう言うとますます和希がその気になるのは目に見えていた。 　俺は内心で和希に文句を言いつつも、実際にはからめ手でどうにかそれをやめさせようと実行してみる。 「･･････和希は俺に、自分からは触りたくない？」 「･･･勿論触りたいよ。俺が啓太の体で触りたくなんかないところなんて一つもないよ」 「なら、やっぱり俺は和希が触りたいところに触ってほしいと思うよ。それで俺を夢中にさせて」 「――わかった」 　思ったよりも簡単に折れてくれて、俺はほっとした。いくら今は俺がその気になっているんだとしても、やっぱりあまりにも恥ずかしいことはしたくないもんな。 　和希は俺の体にキスを落とすと、再びその手を動かして俺の体に触れてくれた。 　和希の大きい手が俺の肩を撫でる。手のあとに唇も移ってきて、肩のラインをなぞられる。それから次に和希は俺の腕を和希の背中からはずさせ、俺のひじを撫でてそこにもくちづけた。和希の指先も唇も俺の神経を甘く刺激し、それだけのことで俺はますます和希に感じてしまった。 　けど、いつまでたっても和希は、俺の肩とかへその辺りとか膝とか腕とか首とかそういうところばかりに触れ、肝心の･･･ところにはまったく触れてくれなかった。 　確かに和希の触り方やくちづけは気持ちいいんだけど、でももてあましているところにまったく触れないっていうのは･･･。 「和希、もうそろそろ、さ･･･」 　自分から言い出すのは恥ずかしかったけど、でももう和希に他のところにも触ってほしくて俺は和希に言った。 「ん？　もうそろそろ？」 　俺の膝の裏を撫でていた和希が聞き返してくる。 「もうそろそろ他のところを触ってくれてもいいんじゃないかなあ･･･とか･･･」 「啓太が俺に任せてくれたんだろ？　俺の好きなところを触っていいって」 「そ、そうだけど。でも」 「俺は、自分が触りたいところを触っているだけだよ。今日はなんだか無性に啓太の手とか足に触りたくて仕方がないんだ。もしかすると俺はこれだけで充分満足できるかもしれないな」 「和希。じょ、冗談だろ？」 　俺は思わず和希に聞いてしまった。和希がこれだけで満足してしまったら、俺は･･･。 「別に、冗談でもないよ。だって俺が触りたいところを触らせてもらってるし、俺はこれだけでもいいけどな。それとも啓太はなにか不満があるのか？」 　不満て･･･不満て･･･不満だらけに決まってるだろっ。 　和希の声は笑いを含んでいて、俺の状況をわかっていてそう言っているのは明らかだった。和希があんなに簡単に折れるなんておかしいと思ってたら、こういうことだったんだ。結局和希は、さっきのことを俺に実行させようとしているんだ。俺はもう、和希の服にすれるだけで全身、感じまくっているのに。 「和希、わかっててそんなこと言うなよ」 　俺は最後の抵抗を試みてみた。けど和希は「なにが？」とか言って平然ととぼけてみせる。言葉で和希をほしがって、自分から服まで脱ぐ羽目になったのに、和希はさらにそれ以上を俺に求めるんだ。今日の立場をとことんまで楽しもうとしている和希のやりように腹が立つ。 　そんな俺に和希は、もう一度俺の前に和希の手をかざしてみせた。そしていかにも楽しそうに聞いてきたんだ。 「啓太は、俺にどこを触られたい？」 「･･････っ」 　俺は少し泣きそうになっていたんだと思う。 　和希の手が俺の目の前にあって、いつも俺を蕩けさせてくれるその手が俺を誘っている。その手に、早くちゃんと触れられたくてたまらなくなる。 　俺の胸に触れて俺を感じさせて、それからさっきから反応して熱くなっているところを、和希の手に優しく包まれて指で俺の弱いところをくすぐってほしい･･････。 　俺は自分の手を持ち上げて、おずおずと和希の左手をとった。その手を唇に引き寄せてまずは手のひらにくちづけ、そして自分の舌を絡めた。 　和希の指を舐め、指と指の付け根の部分に舌を這わせる。そうすると和希の手がぴくっと動き、俺をますます変な気分にさせた。俺に意地悪な和希だけど、ちゃんと和希だって感じているんだよな。それなのに一方的に俺にだけ求めさせるなんてほんと、和希はずるいよな。 　和希の手を自分の口で確かめたあと、俺は覚悟を決めて和希の手を自分の胸に導いた。和希の手が、今日初めて俺の胸に触れる。 　和希の指先がかすめた俺の胸の突起が、すぐにジンとした快感を拾った。