中庭で昼食をとり、午後の授業を終えてから和希と啓太は街に出た。思いつくままに行きたいところに出かけ、遊んだり食べたりはしゃいだりと二人の時間を楽しむ。先週末和希の仕事でゆっくり過ごせなかった分を取り戻すかのように、二人は限られた時間をめいっぱい使った。
「……は、時間ギリギリ……。どうにか間に合ったみたいだな」
「く、苦しい。思いっきり走ったもんな。はあ…ちゃんと門限に間に合ってよかったよ」
「啓太があそこでもう一ヶ所寄りたいなんて言うからだぞ」
「そう言いながら和希だって楽しんでただろ」
　寮の玄関の前でそんな会話を交わし、二人は顔を見合わせた。
　互いに苦しい息の中、思わず笑みを浮かべる。
「ま。間に合ったからいいか」
「疲れたけど、その分時間をたっぷり使って遊べたもんな」
　啓太がそう言って、和希に向けて手を伸ばしてきた。
「……啓太？」
「部屋に戻るまでもう少し時間あるだろ。だから……」
「……人に見られるぞ」
「見られてもかまわないけど、和希がいやなら人に会うまででいいから。このまま普通に部屋まで行って別れるのは名残惜しいから…」
「名残惜しいのは、俺だって同じだよ」
　啓太の手をとって、ぐいっと引っ張る。そのまま和希は寮の扉に向かった。
　手をつないでいるところを人に見られてもかまわないと言いきる――そんな啓太の言動に引っかかりを感じなかったわけではないが、どこか必死な様子で自分を見つめてきた啓太の手をつないでやりたい気持ちにかられた。あるいは言動に引っかかりを感じるからこそ、触れ合ってそばにいる啓太をちゃんと確かめたいのかもしれなかった。
　つないだ手のぬくもりは、今までとまったく変わらない。
「ん？　よお、伊藤に遠藤。今まで出かけてたのか」
「あ、ああ」
「ギリギリセーフだな。あと五分過ぎてたらやばかったじゃねえか。それも伊藤の運の賜物か？」
「かもな。な、啓太」
「うん…。そうだな」
　寮の廊下を歩いている途中で自室から出てきたクラスメートに会う。和希はすぐに啓太の手を離し、啓太も歩く速度を落として和希から離れた。
「いいよなー。相変わらず伊藤様々だな」
「運なんて確実なものじゃないんだから、そんなありがたいものでもないって。それをあてにしてると、これがうまくいかないんだよ」
「ああ、伊藤本人にしてみればそういうもんかもな。じゃあな、二人ともおやすみ」
「おやすみ」
「また明日な」
　クラスメートとわかれて二人の部屋に向かう。和希は通りすがりにクラスメートの様子を観察したが、手をつないでいるところを見られた様子はなかった。
「やっぱ部屋に戻るまで誰にも会わないってことはなかったな」
「そうだな。……和希は、見られてないみたいでほっとした？」
「……本当に啓太は見られてもかまわないって思ってたのか？」
「うん。和希がいやじゃなければ」
　そう答える啓太の言葉にためらいはない。和希は再び啓太の手をとった。そのまま啓太の手を自分のほうに引き寄せ、その手のひらに唇を落とす。
「！　和希っ」
「啓太が本当に平気なのかどうかわからなくて今はいったん手を離したけど、俺はこうしているところを人に見られても全然かまわないよ」
　そのままそっと舌を這わせると、啓太の手がびくっと震えた。
「か、和希……」
「なに？」
「……ここじゃ…」
「やっぱり恥ずかしい？　人目が気になる？」
「違う。俺……そこまでされたら、もっと名残惜しくなるだろ。もっと名残惜しくて……和希が、ほしくなるよ」
　和希は顔を上げた。啓太の手をつかんだまま、自分の唇に残る唾液を舌で舐め取る。
　目の前にいる啓太の瞳が、どことなく潤んでいるように見えた。
「俺が、ほしい？」
「…うん」
　和希から目をそらさないまま、啓太が頷いた。
「じゃあ、そのまま俺のところにくればいいよ。俺も名残惜しいし――啓太がほしいよ」
　触れ合って、そばにいる啓太をちゃんと確かめたくて。
　和希が啓太を誘うと、啓太はそのまま素直に和希についてきた。
「……あー…でも、もうすぐ点呼だよな。やっぱり啓太の部屋にしようか。それなら啓太はちゃんと返事できるだろ。俺なら、ここで無断外泊にとられようと門限破りにとられようといまさらだしな」
　和希の部屋の前まで来ると、和希は啓太を振り返ってそう言った。
「ごめん、やっぱ啓太の部屋で…」
「和希の部屋でいいよ」
「でもそれだと、啓太が門限を破ったことになるんだぞ？」
「それでもかまわない。俺が門限を破ったって思われるのもかまわないし、和希にだって点呼の返事なんかさせないから。だから和希の部屋だって同じだよ」
「――」
　和希を見つめる啓太の顔には照れも羞恥もない。和希は唾を飲み込み、かすかに喉を鳴らした。
「……俺に、返事をさせないって？」
「うん。そんな時間、和希にあげない――」
　それは啓太の、はっきりとした宣言だった。



　和希の部屋に入り、すぐに唇を重ねる。互いに相手を強く求めるようなくちづけを交わし、そのままベッドに倒れこんだ。
「和希……」
　自分の上にいる啓太が、熱っぽく呼びかけながらシャツに手を伸ばしてくるのを、和希は下からじっと見つめる。
「積極的だな啓太」
「積極的なのはいや？」
「いやじゃない。すごく嬉しいよ」
　啓太の頭を引き寄せ、その頬に軽くくちづける。
「欲しがっているのは俺だけじゃないって安心するよ」
　それから和希は自分も啓太のシャツに手を伸ばした。シャツをめくり上げ啓太の肌に直接手を滑らせる。
「和希。俺だって、いつも和希を求めてるよ」
「わかってるよ。でも啓太は俺ほどさかってないだろ。だから――」
　言葉の途中で和希の唇が塞がれた。上から覆いかぶさるようにして、啓太が深いキスを仕掛けてくる。
　二人がかわす濡れた音があたりに響き、そのまま啓太の手がさらに和希の服を脱がしていく。
　和希のズボンにも躊躇なく啓太の手が触れた。
「…はっ…啓太」
「和希が知らないだけだよ」
　和希のズボンのバックルをはずし、前を寛げていく。ファスナーをすべて下ろしたところで身を起こし、啓太は自分のシャツを一気に脱ぎ捨てた。
「俺がいつもどんなに和希を欲しがっているのか、和希が知らないだけだ」
　それから和希の肌に触れ、くちづけを落としていく。啓太の手が優しく和希の肌をなぞり、その唇がゆるやかに下がっていった。
　啓太の愛撫に吐息を熱くさせながらも、和希は啓太の頭に手を置いて笑った。
「俺に点呼の返事をさせないんだったよな、啓太。でもこのままなら、普通に返事できるけど？」
「そんなふうに言っていられるのも今だけだからな」
　そう言うと啓太はさらに頭を下げ、和希の下着の端を口にくわえた。そのまま歯で、下着を引き下ろす。
「犬っころみたいだぞ啓太」
「だから、そう言っていられる余裕も今のうちだけなんだからな」
　下着から引き出した和希自身に手を添え、啓太はそのまま舌で舐めはじめた。ためらいなく、和希の至るところに舌を這わせていく。
「……啓太」
「…んっ…」
　やがて先端から、ゆっくりと咥えはじめた。懸命に自分自身を頬張る啓太の姿を、和希は目を細めて見つめる。いつになく積極的な啓太の行動に内心で驚きながらも、和希はそれを止めず、むしろ啓太の気持ちを煽るように啓太の髪や頬を撫でた。
　啓太の唾液の音とともに啓太の息遣いがときおり聞こえる。啓太はたどたどしいながらも和希のそれを舌と唇で丹念に愛撫していった。
「…はぁ…っ」
「啓太…上手だよ。でも」
　このままならまだ返事できるよ――体を起こしてそう言ったあと、和希は啓太の顔を上げさせた。
「それより俺に返事をさせない、もっと手っ取り早い方法があるだろ」
「……え？　和希…？」
「啓太、そのまま続けて。ただし、俺も啓太のここをかわいがりたいよ」
「…っ…」
　和希の手が伸びて、反応しはじめていた啓太自身を撫でる。
「啓太もただ俺にしているだけじゃ寂しいだろ。だから、体の向きを変えて」
「……」
　無言のまま、啓太が和希に促されたように体の向きを変えた。啓太は少し頬を赤らめながらも、嫌がる様子はまったくなかった。和希は啓太のズボンを脱がすと、そのまま自分の上に乗ってまたぐように言った。
「和希…」
「啓太、続けて。どっちが先に相手をいかせるか競争しよう。この状態なら、啓太のほうが有利だろ。俺も、頑張って追い上げないとな」
「……っあ、和希……っ」
　和希が下から啓太自身に舌を絡ませると、啓太の体がびくんと反応した。和希は手で啓太の肌を撫でたり、またあらわになっている秘所に指を這わせながら啓太を高めていく。
「ん……啓太…俺ばかり頑張らせるのはずるいな」
「…っ…」
「俺に余裕を与えないんだろ？　それとも…もう降参？」
「誰が。和希こそ、喋ってないでちゃんと口動か――ああっ」
　和希が啓太自身を口に含むと、啓太が甘い声で鳴いた。和希はさらに啓太の弱いところを責めるべく舌と手を動かしていく。
　挑発するように。故意に啓太を恥ずかしがらせるために行ったことが、文句一つなく受け入れられる。いつもならいやがったり制限をつけられることに、抵抗なく啓太がこたえてくれる。
　啓太の肌の柔らかさも匂いも啓太の熱もすべて自分が知っているとおりで、和希は多少の違和感など吹き飛ばした。
　目が合えば同じくらいに見つめ返し笑ってくれる。縋ってくる手の力は強く、求める声は甘く、引き込む力は激しく。
　和希はそこになんの問題も感じなかった。
　むしろいつもより積極的で自分だけを見つめてくれる啓太に安心と喜びを感じている自分がいることを、和希は自覚していた。
「――結局、いつ点呼とっていたのかわからなかったな」
「それだけ和希も余裕がなくなってたんだろ。へへ、とりあえず目標達成だな」
「勝負には負けたけどな」
「あんなのフェアじゃないんだから俺が負けて当然だろ。だって和希は……」
「純粋に口だけを使ってたわけじゃないから？　後ろを刺激するのは卑怯？」
「……っそうだよ」
「だって啓太がそこをひくひくさせて触ってほしそうにしてたんだから仕方がないだろ。啓太が俺を誘ったんだよ」
「そんなこと……」
「あるだろ？」
　啓太の答えを予想しながら和希が聞くと、その予想通りの答えが返ってきた。
「……うん」
　和希は啓太の体を抱き寄せる。している最中ほどの熱さはないが、啓太の体はあたたかかった。
「和希……。俺、今日はこのまま泊まっちゃいたいな」
　和希の手に自分の手を重ねて、啓太が言った。
「和希のそばにいたいから」
　その手を握り返し和希も答える。
「勿論。俺も、啓太と離れたくないよ」
「よかった。このあと和希が仕事するなら、俺は邪魔になるから帰らなきゃいけないかなって思ったんだ。でもそうじゃなくて、ずっと和希にくっついていられて嬉しい」
「啓太…。この学園は、個人の自由を守るためにすべて一人部屋だけど、こうなってみると二人部屋のほうがよかったのかもな。今から全学年二人部屋にするかな。そして勿論啓太と俺は同じ部屋だ」
「それも職権乱用だぞ。でも俺もやっぱり和希と同じ部屋がいいな。ただそうなったら一日中和希と一緒にいたくなっちゃうし、和希にもずっとそばにいてほしくなっちゃうだろうな。ずっと二人きりでいたくなるよ」
「それは、俺にとって願ったりかなったりだな。本当に二人部屋計画、実行したくなるよ」
「みんなからは大反発されそうだけどな」
「そんなの理事長権限でねじ伏せるよ」
　そう言ったあとで和希は啓太の唇に自分の唇を重ねた。
　それから啓太の耳元に囁く。
「啓太。このまま泊まるならもう一回したい」
「……うん。いいよ」
　啓太はすぐに頷き、和希の首に腕をまわした。
　――この幸福感を失いたくない。
　そんな思いが和希の頭の中を占める。
　二人きりでいるときの啓太は本当に自分だけの啓太で、求めるだけの気持ちをちゃんと返してくれる。
　今の啓太にとって絶対的な優先順位は自分にあり、それを疑うべくもない。
『ごめん！　今日は学生会に行くって王様たちと約束しちゃったんだ』
『また宿題忘れたのかよ。いいよ、見せてやるよ。じゃあ和希、そういうわけだからまたあとでな』
『昨日の休みは俊介に引っ張りまわされてさんざんだったよ〜。途中で七条さんや成瀬さんも加わって大騒ぎになってさ』
　今ここにいるのは、本当の意味で自分だけの啓太。
「啓太……」
「んっ…なに…？」
「離したくないよ」
「俺も、離れたくないよ」
　和希の下で啓太が和希をまっすぐ見て微笑む。
　和希はこの啓太を手放したくないと思った。




『――昨日は会計部で今日は学生会で明日は岩井さんの手伝いか…。俺の啓太は相変わらず人気者だな。みんな啓太のことがほんとに好きだし、啓太もみんなのことが大好きなんだもんな』
『うん、好きだよ。みんないい人たちばかりだからな』
『……。そこで躊躇なくそう答えるのが啓太だよな。……はあ』
『？　なんだよ。だってみんないい人たちなのは本当のことだろ』
『まあな』
『やっぱり和希の人を見る目って確かだと思うんだ』
『……俺？』
『そう。だってみんな、和希が認めた人たちだろ。和希一人が見つけて選んだわけじゃないのは知ってるけど、でも最終的にプラチナペーパーを送ったのは和希だろ。だから、この学園にいい人たちばかりいるのは和希の力だって思ってるんだ。俺はそれが誇らしいし、やっぱり和希はすごいって思うよ』
『啓太……』
『和希の学園だから。俺が一番大好きな人の学園だから、俺だってなにかやりたいって思うし、和希が認めている人たちと仲良くしていきたいと思ってる。勿論和希のことがなくても俺はベルリバティが大好きになっていたと思うけど、でも和希のことがあるからますますここが大好きになったんだ。俺にとって和希はやっぱり特別な存在で、その和希が大切にしている場所なら、俺にとっても大切な場所だよ』
『……啓太、時間、まだ大丈夫なのか？』
『あっ、大変だ！　中嶋さんに遅れるなって言われてたんだ！』
『なら急がないとな。あーあ、仕事さえなければ、俺も啓太と一緒に行くんだけどな』
『和希は和希の仕事があるだろ。ここで俺につき合わせて、余計に和希を疲れさせたくないよ。夕飯は一緒に食べられるんだろ？　だったらそれまでお互いにすべきことをがんばろう』
『はあ…。仕方ないな。啓太ともっと一緒にいたかったんだけどな』
『それは俺だっておんなじだよ。でも約束は約束だし、それに離れていても俺は和希とつながっているって思ってるから』
『啓太は人からの頼まれごとを断れない性格だからな。ま、そこが啓太のいいところでもあるし、諦めるよ。じゃ、またあとでな』
『うん、またあとで』