僕だけのきみでいて４

「ではこちらから聞くが、遠藤はなにが原因で啓太が『変わった』と思う？」
　ソファから立ち上がった西園寺が和希に聞いてきた。そのまなざしは鋭く、和希のどんな所作も見逃すまいとしているかのようだった。
「啓太に、どんなことが起こったか」
「――俺が原因ですか」
「なぜそう思う」
「今の啓太は啓太にとってはなんの得にもならない。むしろマイナスだ。それでも啓太が変わったのなら、それは俺のためでしょう」
「しょってるな。……と言いたいところだが、まあ事実だからな。臣、説明してやれ」
　西園寺に説明をふられた七条が、和希のほうに近づいて話しはじめた。
「四日前、ここに伊藤くんがきたとき、伊藤くんはとても暗い表情でなにかに悩まれているようでした」
「四日前…」
「遠藤はいないときだったな。啓太の話によると仕事が立て込んでいて、前日も遅かったし、仕事に行ったのも朝早くだったらしいな」
「ああ、あのときか…」
「その日の前日は仕事でのおつきあいとやらがあったそうですね。帰ってきたあなたはいささか酔っていたようだと伊藤くんが言っていましたよ」
「酔って…」
　和希は自分の記憶を手繰る。確かに数日前付き合いで飲む羽目になったことを覚えている。その日は一日とてもハードで、それほど飲んではいないのにアルコールのまわりが早かったことも。
「酔っているならそのまま寮には帰らずに、どこかの道の片隅で酔いつぶれてしまえばよかったと思いますがね、けれどあなたは帰ってきた。正確には伊藤くんの部屋に押しかけたそうですね」
「啓太の部屋に…？」
「そのあたりからの記憶はあいまいですか？　ではあなたがそこで伊藤くんに泣きついたことも覚えていないんですね」
「泣き…!?」
「臣、脚色はいい」
「ふふ、すみません。この人のせいで伊藤くんが悩まれたかと思うとつい。泣きついたのは冗談ですが、あなたはそこで伊藤くんに愚痴をこぼした。愚痴というか、あなた自身の望みを。それがなにかは覚えていますか？」
「覚えてはいない。だが……それが啓太が変わった原因というなら、なにを言ったかは予想はつく。あの日は仕事が忙しくて学園に帰ってくることもままならなくて、だから時間を見つけて啓太に電話をいれたんだ。でもタイミングが合わなくてなかなかつながらなくて。そしてようやくつながった電話のときは――」
　楽しそうな声が聞こえていた。啓太の明るい声とは別に、その背後でなにか盛り上がっているような声が。啓太も自分との電話を喜びながらも、背後での出来事も気にかけていて。
「……啓太が楽しそうに過ごしていることに安心もしたけど、嫉妬もした。俺がいないことで一人でさびしく過ごして欲しいわけではないけれど、でも心のどこかではいつも思っていた。啓太が、俺だけの啓太であったらと。他の人間との付き合いよりも、もっと俺のことを優先してくれればいいと――あのとき、そんな子供じみたことを思ったんだ」
　電話のあとで何度か啓太からのメールを受け取った。それは体のことを心配するメールだったり、たわいない内容だったり、早く会いたいという一言だった。それに癒されなかったわけではないが、それでも日ごろの思いがアルコールの力を借りて外に出てしまったのだろう。和希は、そのときの心境を振り返る。
　それを聞かされた啓太がなにを思うか深く考えずに。
「あなたの口からそれを聞いた伊藤くんは、一人で悩まれたみたいですよ。当のあなたは翌朝はさっさと出かけてしまって、伊藤くんが悩んでいることに気づかなかったんでしょうね。おそらく、伊藤くんはもともと誰にも言う気はなかったかもしれません。でもその日はここに来る約束がありましたからね」
「啓太があまりに暗い顔をしているのでわけを聞いた。啓太は最初はなにも話そうとはしなかったが、こちらで強引に聞き出した。話を聞くと、啓太も相当煮詰まっていたらしいな」
「……啓太は、どんなふうに言ってましたか」
「……ショックだったと。遠藤をないがしろにしたつもりはないし、いつも一番に考えている。それでも遠藤を寂しい気持ちにさせていて、そして遠藤自身から言われるまでそのことにずっと気づかなかったことがショックだったと、啓太はそう言っていたな。今までの自分の行動を振り返って反省しているようだった」
「そうですか……」
「そんなのは遠藤くんのわがままなんですから、伊藤くんが気にする必要はないんですよと僕と郁とで散々言ったんですけどね。伊藤くんはそれでもかなり落ち込んでいるようでしたよ」
　――あの夜。自分の感情のままに言葉を発してしまったであろう夜、啓太はどんな思いでそれを受け止めたんだろうか。どんな表情で自分の言葉を聞いていたんだろうか。
　思い出そうとしても思い出せない自分に、和希は歯がゆさを感じた。
　もっと違うときに伝えて、啓太とじっくりと話し合えばよかった。啓太の顔を見て、啓太の言葉を聞いて。それもせずにただ言い逃げのように自分の気持ちだけを伝えて、当の自分はさっさと忘れてしまっているなんて。
　最低だと、自分自身に怒りが込み上げる。
　そして啓太が悩んだ挙句『変わった』ことを、自分は気楽な気持ちで受け止めていたのだ。そこに至った啓太の気持ちなど知らずに。
「あの啓太は、じゃあ……」
　自分の過ちに憔悴した和希が西園寺と七条に力ない視線を向けると、七条がかすかな笑みを浮かべてそれに答えた。
「暗示、ですよ」
「暗示？」
「はい、僕がちょっとした暗示をかけたんです。伊藤くんの話を聞いて、伊藤くんがとても落ち込んでいるようでしたので、では伊藤くんが望むように暗示をかけてさしあげましょうかと僕が提案したんです。そうすれば少しは伊藤くんの心も晴れるかと思いまして」
「臣のかけるものなんてあやしいことこのうえないがな。でも私もあれ以上落ち込んでいる啓太を見たくなかったからな、啓太には私からも勧めた」
「暗示って、それはどんな暗示なんですか？　そしてそんなものかけられて啓太は安全なんですか？　その効力はいったいいつまで――」
「落ち着け、遠藤」
　暗示と聞いて途端に勢いよく反応した和希を、西園寺がたしなめた。
「もとは自分のしたことが原因だろう」
「それに『そんなもの』とはお言葉ですね、遠藤くん。暗示といっても素人の僕がしたことですから、そんなに深いものじゃありませんよ。一週間も経てば自然に効力はなくなります。とけたあとまでなんらかの影響が残るようなものではありません。まあ少し、暗示にかかっている間の記憶は、はっきりとしないかもしれませんが」
「それじゃあ記憶障害ってことじゃないですか！　七条さん！」
「だから、落ち着けと言っている。記憶障害といっても、本当にすべてが白紙の状態になるわけではないだろう。そこはもともとの原因である遠藤がそばにいてフォローすればいいだけの話だ。実際もう啓太には暗示がかけられている状態なんだからな」
「そう簡単に言いますけど、もし啓太になにかあったら…」
「それに啓太が、今の自分のありようをすべて覚えているのも得策ではないと思うがな。今の啓太は言わば遠藤に盲目的な状態だろう。なにを置いても遠藤のことを優先している。啓太が自分で望んだとはいえ、今の啓太のことを忘れさせて、今までどおり普通に過ごさせてやるほうが啓太のためにはいいと思うがな」
「勿論遠藤くんが伊藤くんの暗示の続行を望むなら話は別ですが。今の伊藤くんがいいと言うなら、また新たに暗示をかけなおしますよ。伊藤くんからも、遠藤くんがそれを望むならもう一度暗示をかけてほしいと言われていますしね」
「ふざけるな！」
　七条の言葉に一喝する。そのあとで和希は自分の唇を噛んだ。
　今の七条の言葉は啓太の言葉をなぞらえたに過ぎない。七条に暗示をかけるように望んだ啓太。そしてその暗示がとけたあとも、もし自分が望むならそのまま暗示がかけられている状態を続けてほしいと七条に言い残した啓太。
　本来の啓太ではなく、暗示がかけられた状態であっても。自分がその啓太を望むならそのままでいいと、そこまで啓太に思わせたのは誰でもなく自分なのだ。
「いくら伊藤くんの記憶が薄れているとは言っても、伊藤くんが遠藤くんの本心を聞いてしまった事実と、僕の暗示を受けた記憶は消えませんよ。だからたとえ伊藤くんが元に戻っても、遠藤くんはそこのフォローもしなくてはならないでしょうね」
「勿論、そのつもりです。今回のことをなかったことにはしない。ちゃんと啓太と話し合います」
「……啓太の今の記憶が曖昧になるのは、遠藤にとってもありがたいことなんだろうな。臣が暗示をかけてから三日。今日まで時間がかかったということは、啓太の変化にまったく気づかなかったか、あるいは――」
　西園寺の視線を、和希は黙って受け止めた。
　西園寺が言わんとしているのは事実で、それを否定するべくもない。この三日、啓太の変化に気づいてからも今の啓太を手離したくないと思ってしまったのだから。
　でも、もう迷いはなかった。いくら啓太が自分を優先してくれていても、やはり本当の啓太でなければ意味がないことなのだ。暗示で無理やり変えられた啓太ではなく、本当の啓太だからこそ自分はそばにいてほしいと望むのだから。
　和希は一呼吸おくと、凛とした視線で二人を見据えた。
「西園寺さん、七条さん。俺が惚れたのはたった一人なんです。この世界にただ一人の伊藤啓太という人間で、そしてそれはなんらかの意図で変えられた啓太じゃないんです。俺が出会って救われて、惚れこんだのはそのままの啓太だ。俺に、本当の啓太を返してください。俺はもう迷いませんから。啓太の暗示を、といてください」
「……先ほども言いましたように、あと数日すれば自然にとけますよ」
「それじゃあだめなんです。今すぐといてください」
「数日おくとまた迷ってしまうからか？」
「いいえ、違います。やはり今の状態は啓太にとっていい状態じゃない。それに、俺が早く本当の啓太に会いたいんです。会って謝って、そしてそのままの啓太が好きだと伝えたいんです」
　迷いのない和希の言葉に、西園寺はため息をついた。
「やれやれ、勝手だな。啓太に自分だけの啓太でいてほしいとわがままを言って啓太を悩ませた挙句、今はこれか。変わり身が早すぎるんじゃないのか、遠藤」
「本当にそうですね。伊藤くんが涙を浮かべながら、遠藤くんのことしか考えない遠藤くんだけの自分になりたいと僕に訴えてきたときのかわいそうな顔を、あなたにも見せたかったですよ。あれだけ伊藤くんを悩ませておいて…」
　西園寺の言葉にかぶせて七条も和希に非難を向ける。それでも和希はたじろがなかった。
「お二人が俺に対して腹立たしいのはわかりますし、これからもお叱りでも嫌味でもなんでも受けますよ。とにかく今は啓太を元に戻してください。今、啓太をここに連れてきますから」
「元に、ね。できるか臣」
「仕方ないですね。伊藤くんはあくまでも遠藤くんが望むようにしてほしいと言っていましたし、今のあなたの望みがそうなら、それが伊藤くんの望みでもあるのでしょう。それに僕も郁も、やっぱり本当の伊藤くんが大好きですからね。遠藤くんだけに独占されて、ここにまったく顔を出してくれないのはつまらないですしね」
「じゃあ、今啓太を呼んできます」
　そう言って、和希はすぐに部屋を飛び出し啓太の元に向かった。

「――はい、もういいですよ。伊藤くんはもう、元の自分を取り戻しています。これからは、伊藤くんの望むままに行動してください」
　会計室に戻ってきてから五分後、七条がその言葉で暗示の解除を終わらせると、ソファに座っていた啓太は何度もまばたきをした。
「さて伊藤くん、ご気分はどうですか？」
「……え？　あれ？　俺、いったい……」
「啓太…！」
　そばで啓太の様子を見守っていた和希が、ソファに乗り上げ、たまらずに啓太に抱きついた。
「うわっ、ちょっと和希!?」
「啓太、よかったよ。安心した。今まで本当にごめんな」
「な、なにが……って、和希、ここ人前だぞ。七条さんも西園寺さんもいるだろ」
「僕たちは気にしませんからおかまいなく。今の遠藤くんは伊藤くんへの愛にあふれているようですよ」
「あ、愛にって七条さん……」
「今は遠藤の好きにさせておくんだな。強引に離そうとしたところで今は離れないだろう」
「はあ……」
「それより伊藤くん、本当にご気分はどうですか？　そしてなぜ今伊藤くんがここにいるのかわかりますか？」
「ええと、どうやって俺がここに来たのかとか、いつここに来たのかとかはよく、覚えていません。今なにがあってこうなっているかもよく……」
　そう言って啓太は、自分に抱きついたまま離れない和希を横目で見た。
「じゃあそれは遠藤くんが説明してあげないといけないですね。それとも僕から話しましょうか？」
「啓太。啓太は今、七条さんに暗示をといてもらったんだよ。暗示にかかっていた間のことは、ぼんやりとしか覚えていないんだと思う」
「暗示？」
「……その暗示がどういうものだったか、思い出せるか？」
　啓太の顔を見つめ、真剣な顔で和希が問う。
　啓太はしばらく考え込み――そして目を伏せた。
「……かけられたときのことはあんまり覚えていない。けどその前のことは……覚えてる」
「啓太…」
「え、えっと、じゃああれから何日か経っているんですね」
「はい。遠藤くんから暗示をといてほしいと言われましたので、たった今といたところです。――遠藤くんが、望んだんですよ」
　七条が笑みを浮かべて伝えてきた言葉を、啓太は七条の顔をまっすぐに見つめたまま受けとめた。
「そうですか」
「啓太、ごめんな。本当に。俺の心無い言葉で啓太をすごく悩ませたよな。あんなの忘れてくれていいんだ。啓太が気にする必要なんかない。俺が、啓太のどこを好きになったのかとか、そういうのを忘れてわがままを言った。本当にごめんっ」
　和希が再び腕に力を入れて啓太を抱きしめる。
「和希……」
　啓太はきつく抱きしめてきた和希の腕の下から少しだけ自分の腕を動かすと、そっと和希の体を抱き返した。
「違う、和希が謝る必要なんかないだろ。だってあれは和希の本心だろ。だから俺のほうが和希に謝らなくちゃいけないんだ。和希があんなふうに思っているなんて知らなかった。俺は和希のそばにいたのにずっと気づかなかった。俺は和希のことが好きだ好きだ言いながら、でも和希の気持ちをちゃんと考えずに自分の好きにしすぎたんだ。和希、ごめん、俺が和希のことを本当の意味でちゃんと考えてなくてごめん。和希が一番好きで一番大切だけど、俺が幼くてちゃんと和希に伝わるほどの行動をとれてなくてごめん――」
「啓太に謝られる必要なんかないよ。今回のことは全面的に俺がいけないんだ。啓太が暗示をかけられて本来の啓太でなくなってよくわかったよ。俺が好きになったのは誰かってこと。啓太のどんなところに救われて、どんなところに惚れたのか。啓太のことが好きすぎてもっと欲しくなって、なにも見えてなかった。俺だけの啓太でいてほしいと望むのは本当に俺のわがままだったんだ。俺以外の人間にも好かれて、そして俺以外の人間とのつながりも大切にする、人のことを思いやれる優しい啓太だからこそ俺は好きになったのにな。そんな啓太だからこそもっとそばにいたいと望んだんだ。その啓太を無理に変えて俺のそばに引き止めても、それは違うんだ。俺は今になってようやくそのことに気づかされたよ。啓太を悩ませて、啓太に無理させてようやくこんな簡単なことに気づいた馬鹿な俺を、啓太は許さなくていいんだ」
「和希……ごめん。俺の今までのこともそうだけど、今回和希に何も言わずに勝手なことしてごめん。心配させてごめん。和希にもっと自分を見てほしい、そばにいてほしいって言われたとき、和希にそう言わせるだけのことを俺がしてきたというショックで、とにかく和希のことだけを考える俺になりたかったんだ。そんなんじゃ本当の意味で和希のことを考えていることにはならないけど、それでも今までの埋め合わせができるように和希のそばにいて和希に安心してもらいたかった。今思うとむちゃくちゃな行動だけど、でもあのときはとにかく和希のためになにかしたくてたまらなかったんだ」
「啓太――」
「はい、そこまでですよ、お二人とも」
　手を一つ叩き、七条が和希と啓太のやりとりを遮った。思わず音のしたほうに顔を向けた二人は、ここがどこであるかを思い出し、気まずそうにうつむいた。
「先ほどはおかまいなくと言いましたが、やはりそれ以上の話は別の場所でしてください」
「そのまま放っておくとそこのソファでなだれ込みかねないからな。はなはだ迷惑だ」
「な、なだれ込むって西園寺さん、俺たちなにも……」
　顔を赤らめた啓太が和希の体を押しやる。和希も素直に腕をといて啓太を解放した。
「伊藤くんも遠藤くんも、もう僕たちに用はないのでしょう。あとはお二人でどうぞ。ちなみに伊藤くん。遠藤くんがいきなり飛び込んできたのですぐに暗示をとくことになりましたが、実はまだ放課後にはなっていないんですよ」
「えっ!?」
「僕はもう今日の授業はないのですが、伊藤くんたちは…。一年生のうちからサボるのはよくないですね」
「うわあ、大変だ。このままゆっくりしてたら授業に遅れちゃうよ。和希、行こう！」
　啓太は慌ててソファから立ち上がると、和希を振り返った。
　だが和希は啓太に促されてもすぐに動こうとはしなかった。
「……和希？」
「そうだな、とりあえず場所は変えなくちゃな」
　そう言ってようやく立ち上がる。
「……場所を変えるって…だから、授業だろ？」
「だめ。今の俺は授業どころじゃないよ。もっと啓太と話し合いたいんだ」
「和希…。そうだな、俺も和希ともっと話がしたい。和希にもっと謝らなくちゃいけないし、それに、和希に俺が本当に和希を好きで和希のことばかり考えていることを伝えたい。今まではそれに行動が伴っていなかったかもしれないけど、俺は本当に和希が好きなんだ。きっと俺はずっと言葉も足りなかったんだな…。それを埋めたいよ」
　啓太が和希を見つめてはっきりと自分の気持ちを伝える。和希は啓太の目を見つめ返して笑みを浮かべたあと、西園寺と七条を振り返った。
「じゃあそういうわけで俺たちは失礼します。いろいろ、ありがとうございました。お邪魔しました」
「はい、本当に遠藤くんは邪魔な存在でしたね。早くどこにでも行ってくださいね。伊藤くん、ぜひまた今度はお一人でここにいらしてください。僕も郁も待っていますからね」
「はい、改めてお礼をしにお邪魔させてください。本当に今回のことでは七条さんも西園寺さんもいろいろとありがとうございました。話を聞いてくださって、嬉しかったです」
「啓太。あのときはかなり煮詰まっていたようだったが、もう平気か？」
　啓太のそばに近寄り、西園寺がその顔を覗き込む。
「…はい、平気です。西園寺さんたちにも心配をおかけしました」
「暗示のことでなにかあったら全部臣の責任だからな。臣に文句を言いに来るといい」
「わかりました。もしなにかあったら……。でも多分適当に乗り切れると思いますよ。俺が自分で望んでしたことですから」
「確かに啓太が自分で決めたことだがな…」
「西園寺さん、七条さん。俺は、大丈夫です。今回のことは自分を見つめ直すいい機会になりました。もうなにも心配はいりません」
　二人に向けて笑顔を見せたあと、啓太は深々と頭を下げた。
「本当にいろいろとありがとうございました」