『･････お母さん･･･お兄ちゃん･･･どこ･･･？』
　苦しかった。
『はぁ･･･お母さん･･･お兄ちゃん･･･どこにいるの･･･お母さん･･･っ』
　体が熱くて息が苦しくて、手足が痛くて。
　とても不安でとても寂しかったのに、一人だけそこに置いていかれたかのようだった。
　懸命に呼んでも応えてくれる声はなく、悲しくてただ泣くことしかできなかった。
『いやだ･･･そばにいてよ･･･僕のそばにいて･･･行かないで･･･っ』
　手を伸ばしても小さな手はなにもつかむことができず、大好きな存在を探しに行きたいのに体が重くて動くことができなかった。
　なにより目の前は真っ暗でなに一つ見えなかったのだ。暗闇の中に一人だけ置き去りにされたような、そんな絶望が心の中に広がっていく。
『いやっ･･･そばにいて、僕を置いていかないで･･･いやだ･･･っ･･･お兄ちゃん･･･っ！』


「――っ」
　啓太が目覚めたとき、そこは朝の光に満ちていた。
　白い壁白い天井に窓から差し込んでいる光が反射し、いっそう部屋の中を明るく見せた。
　室内に降り注ぐ陽光に、啓太は昨夜はカーテンを閉めるのも忘れて眠ってしまったことを思い出す。自分でもいつの間に寝ついてしまったのかよく覚えていなかった。
　ただまばたきすると目にかすかな痛みを感じたので、昨夜は泣いたまま寝てしまったような気がした。
「･･････」
　啓太はふと思い立ち、自分の腕を動かしてみた。仰向けに寝ている自分の目の前に、手のひらをかざす。
　――自分の、今の手。
　子供のころよりずっと大きくなり、器用になんでもできるようになった手。
　ぎゅっと握りこめば、大抵のものは取りこぼさずに捕まえられるようになった手。
　それから啓太は、ベッドに手をつきゆっくりと体を起こしてみた。少しだるかったが、それでも体はすんなりと起こせた。
　布団をどけ、ベッドから足を下ろす。ベッドに座ったまま両足を少し前後に揺らしてみると、足は軽く動いた。少し伸ばせば簡単に床に届く足は、手同様子供のころのものとは大きく違う。見下ろす体も、子供の体型よりはだいぶ大人に近い。
　なんとなく熱があるような気はしたが、それでも体は痛くなく、こんなに軽々と自分の思い通りに動かすことができる。
「･･･和希･･･」
　自分を包む明るい光の中で、啓太は毅然と顔をあげた。



「･･････伊藤くん!?」
　午後になって病院を訪れた七条が啓太に呼びかけると、啓太は七条に向けて苦い笑みを見せた。だがそれは一瞬だけで、啓太はすぐにいつもの笑顔を浮かべて「こんにちは七条さん」と挨拶をした。
「こんな時間にここにいるなんて、もしかして七条さん、今日は休まれたんですか？　いくら頭がいい七条さんでも、さぼりはよくないですよ？」
「私服で廊下を歩いている伊藤くんには言われたくない言葉ですよ。許可をもらっての外出、というわけではないでしょう？」
　病院の廊下の壁に青ざめた顔で寄りかかっている啓太を見て七条は眉を寄せる。昨日病室でパジャマを着て横になっていた啓太は、今は私服でそこに立っていた。啓太の病室からはだいぶ離れた、ロビーの方が近いその場所に。
「おかしいですね。俺、運だけはいいはずなんですけどね。あともう少しというところで七条さんに会っちゃうなんて、本当に最近、俺の唯一のとりえも働かなくなってきたのかな」
　軽い口調でそう言って啓太が笑う。
「本当に俺の運がいいはずなら、誰にも会わないはずですよね。あ、それとも七条さん俺に協力してくれますか？　もしそうならここで七条さんに会ったことは俺の運のよさを証明することになるんですけど」
「伊藤くんの運がいいからここで僕と会ったんでしょう。伊藤くんが誰も知らないところで倒れてしまわないように、なにかが僕を遣わせたんですよ。なんとなくいやな予感がして来てみれば･･･念のために来てみて正解でしたね」
「七条さん、俺を見逃してくれませんか？　俺、和希に会いたいんです」
「そんなふうに明るく正攻法で言ってもだめですよ伊藤くん。部屋に帰りましょう」
「いやです。だって俺、今はもう泣いているだけの子供じゃないってことに気がついたんです。自分で探しに行ける足もあるし、抱きしめられる腕もあるし、ただ泣いて待っているだけなのはいやだって思ったんです。和希の居場所がわからないなら、よけいに俺が自分で行かないと」
　見るからに体調は悪そうだったが、しかし啓太の目は澄んでいた。行動自体は無茶なものであってもけして自暴自棄になっているわけではない。言葉も、表情も。昨日無理して明るく見せていたときとは全然違う。今の啓太を見て、七条はそう判断した。
　――啓太なら遠藤和希の居場所がわからないという不安もきっと乗り越えられると、最初にそう言ったのは丹羽だったか。
　七条は一度きつく目をつぶった。
　実際ここにいる啓太は「乗り越えている」。昨日の今日なのに、啓太がなにをどんなふうに考えたか詳しいことまではわからなかったが、啓太は自分なりの道を見つけたのだ。
「遠藤くんの居場所がわからないのにそんな体でふらついてどうするんですか？　体調を悪化させて僕たちに心配をかけるのが正しいやり方だと伊藤くんは本気で思っているんですか？　そしてそれが遠藤くんのためになると？」
　七条が故意に冷たい口調でたたみかけるように言ったが、しかし啓太は引かなかった。
「それでも子供みたいにただ泣いてばかりいるよりはましなんです」
「誰も泣いていなさいとは言っていないですよ。遠藤くんを信じて待つことはできないんですかと言っているだけです。伊藤くんの行動はただ無謀なだけです。そして遠藤くんをまるっきり信じていない。伊藤くんに信じられていないなんて、遠藤くんもかわいそうですね」
　別段七条としてはここにいない人間に同情するような気持ちは皆無だったが、それでも啓太の足止めにはなるだろうと口先だけでそんな言葉を投げてみる。少しは効果があったらしく、啓太は少しの間黙り込んだ。
　けれどやがて、七条の目をまっすぐ見つめて口を開く。
「和希の言葉があったら俺は待てます。いついつまで待ってろって和希が俺に言ってくれたら俺は和希を信じます。でも今はそうじゃありませんから。たとえ期間の決まった外泊届けを出していても、和希が俺に一切連絡してくれないなら、うぬぼれかも知れませんけど、そのときは俺が和希のところに行くべきかなって思うんです。本当はなんでもないことなのかもしれない。ただ仕事で忙しくて、俺に連絡が取れないだけかもしれない。和希のプライベートでなにかあって、俺が行ったらただ邪魔なだけかもしれません。それでもなんとなく今回は、俺が和希を探してそばにいてあげなきゃって気がしたんです。勿論、俺が和希にすごく会いたいというのもありますけど」
「わがまま過ぎますよ伊藤くん。自分さえよければ伊藤くんはそれでいいんですか。第一、まともに歩けないその状態で病院を出ても、遠藤くんの居場所どころか、どこにも行けないまま倒れるのがおちですよ」
「朝は、もっと体が動いたんですけどね。午前中の診察をやり過ごして、昼食が終わって人が少なくなるのを待っていたらちょっと熱があがってきたみたいです。それに最近横になってばかりいたから、足腰が多少弱っているのかもしれません。この歳にして情けないですね」
「笑いごとじゃないでしょう、伊藤くん。とにかく部屋に帰りましょう」
「･･････ほんとに俺うぬぼれているのかもしれないんですけど、俺が入院しているのに和希がまったく連絡してこないのってやっぱりおかしいと思うんです。そう考えたら、もしかして和希になにか俺に連絡を取らない事情や理由があるのかなって思って･･･。和希が来ないなら、そしたら俺が和希のところに行くしかないじゃないですか。もしなにか和希の身に起こっていたら俺が助けてやらなきゃいけないし、もし和希がなにか考え込んでいたら、俺が和希のところに行ってあいつに一言言ってやらないと･･･」
　そう言っている途中で啓太の体がふらつき、七条は腕を伸ばしてその体を支えた。会ったときよりも啓太の呼吸が苦しそうになっていることに気づき、いっそう顔を険しくさせる。
「志は立派ですが、体がともなっていませんよ。その体で外に出られるわけはないでしょう」
「じゃあ、熱が下がったらいいですか？　そしたら俺、和希に会いたい一心で頑張って熱を下げますから」
「伊藤くん」
「だって俺、もう限界なんです･･･。和希に会いたくて。和希の声を聞きたくて。病院の電話から和希の携帯に何度電話しても和希出ないし、こうなったらもう直接行くしかないですよね」
「――遠藤くんが伊藤くんからの電話に出ないってことは、つまりただ単純に伊藤くんに愛想を尽かしたってことなんでしょう」
　啓太を引き止めるために、七条はあえて啓太の想いを切り捨てるような一言を口にする。
　だがそれが七条の真意ではないと読み取ったらしく、啓太は七条に向けてかすかな笑みを浮かべてみせた。
「それならそれで、余計に和希に直接会って話したいですよ。どんな言葉であっても、俺は和希の口から直接聞きたいです。だって俺は和希のことがすごく好き･･･だから――」
　啓太の体が大きく傾ぐ。
「伊藤くん！」
　七条が腕に力を入れてその体が倒れこまないように支えたとき、啓太は意識を失っていた。



　啓太が目をあけると、窓から薄暗くなった空の色が見えた。
　それから視線をめぐらし、ここが自分の病室であることを知った。
「目が覚めましたか？」
「七条さん･･･。俺、また倒れちゃったんですね。ここまで運んでくれたのってもしかして七条さんですか？　迷惑かけてしまってすみません」
「迷惑というほどのことはないですよ。伊藤くんの体、とても軽かったですからね。もっと食べて栄養を取らないとだめですよ」
　ベッドの脇に置いてある椅子に、七条が座っていた。先ほどとは違い、穏やかな表情で啓太のことを見ていた。
「七条さん、そのまま俺についててくださったんですね。お忙しいのにすみません、俺のために無駄な時間を費やさせてしまって」
「伊藤くんと過ごす時間を無駄とは思っていないですからいいですよ。むしろ、伊藤くんの寝顔をたっぷりと見ることができて、役得だと思っていますから」
「し、七条さんっ」
「それよりさっき、また倒れたって言い方をしましたよね。今日以外にも何度か倒れたことがあるんですか？」
「あ、えっと入院する前にベルリバティの廊下で･･･。あのときも今と同じように急に意識を失って、目が覚めてみたらベッドの上だったんです。そのことをふと思い出して」
「そのときそばにいたのはもしかして遠藤くんだったんじゃないですか？　今日は僕ですみません」
「七条さんっ。そんなこと言わないでくださいよ。あの、目が覚めたときそばに七条さんがいて俺ほっとしたんですから。俺をここまで運んでくださって、本当にありがとうございます」
「大したことはしていないので気にしないでください。それより伊藤くん、熱が下がっても多少元気になっても、やはり病院から抜け出すのは感心しませんよ」
「七条さん･･･」
　先ほどの廊下でのやりとりが再びはじまろうとする気配に、啓太は苦く笑う。
「伊藤くんは急に倒れてしまうほどの病人なんですから、ここでおとなしく寝ていないとだめですよ」
「･･･七条さん、今日はどうしてあの時間にここにいたんですか？　午後の授業はなかったんですか？」
「ありましたよ。でも特別に必要な単位ではなかったので自主的にお休みにしました。なんとなく伊藤くんのところへ行かないといけないという予感がしましたし、昨日ふと思い立ってやってみた占いに伊藤くんに関する危険な兆候が見られましたしね」
「･･････占い、ですか」
「はい、占いです。実際こうなってみると、かなり当たっていたようですね」
「俺の運は、七条さんの占いに負けてしまったんですね」
　掛け布団を引き上げ、啓太が七条を見上げて浅く息をつく。
「伊藤くん。先ほども言ったように、伊藤くんの運がいいから僕を呼び寄せたんですよ。それに二日前、一人だけでここに来て僕たちを出し抜いた丹羽会長に一矢報いるためにも、今度は僕が一人で伊藤くんに会いにこようと思っていたんです。今日のは占いよりも予感よりも、僕と伊藤くんを結びつける力が作用した結果なのかもしれませんね。まあ郁からはあとで嫌味の一つや二つ言われてしまうでしょうが」
「えーと･･･別に俺のところに来ても王様に一矢を報いるようなことにはならないと思いますよ」
「そんなことないですよ。それに僕がここに来て伊藤くんと話せば、確実にあの人のいやなことをしていることになるでしょう。そういう意味でもすごく楽しいですし、意味のあることなんですよ」
「あ、あの人って･･･」
　七条の楽しそうな笑みに少し引きつりつつ啓太が確認した。その言葉のさしている人物が誰であるのか、啓太も薄々察してはいたが。
「あの人はあの人ですよ。今もってどこにいるんだかわからない、いい年してかくれんぼしているなんとかと紙一重のようなあの人のことです」
「し、七条さん･･･」
「伊藤くん。なかなか当たるとわかった僕の占いで昨日居場所を占ってみましたし、今日は今日で郁が懸命にあれこれ調べていると思いますよ。だから伊藤くんは無茶なことはしないで、ここでおとなしく待っていてください。病人の伊藤くんが無理をすることはないんですよ。それなりの年齢を経ているなら、その分の行動力を年長者のほうに見せてもらうべきでしょう」
　七条の手が伸びて、横になっている啓太の前髪を優しくかきあげた。
　七条が啓太に、再三にわたって無茶なことはするなとやわらかい言葉で諌める。
「それに遠藤くんより先に行動したら伊藤くんの負けですよ。ここでゆっくり休んで、遠藤くんが来たときには、遠藤くんのことなんかすっかり忘れていたという顔をしてあげたらいいんですよ」
「それも楽しそうですね。でも俺、やっぱり和希に会いたいから、和希に会いに行かないなんて七条さんに約束はできませんよ」
「やれやれ。伊藤くんは本当に頑固ですね。でもそれならそれで、僕も奥の手を出さないといけないかもしれません。伊藤くん、伊藤くんが病室でおとなしくできないというなら、遠藤くんに会ったときにあることないこと吹き込みますよ。ええ、それはもういろいろなことをね」
「な、なんですか、それは!?」
「伊藤くんの体のどこにほくろがあるのかとか、伊藤くんの下着が何色なのかとか、伊藤くんの体のあの部分の色とか･･･」
「しっ、七条さんっ!?」
「遠藤くんに、自分しか知らないと思っているようなことをいろいろ吹き込んだら、そのときの遠藤くんの反応がとても楽しみですね。実際に試してみますか？」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ七条さん！　なんですかそれは!?」
「意識のない伊藤くんの体にあれこれいたずらを仕掛けるのは、楽しかったですよ」
　啓太の目の前でいかにもなにかありそうな笑顔を浮かべる七条に、啓太は慌てふためく。七条のいつもの冗談だと思いたかったが、七条の笑みに、完全な冗談だと決めつけられないものを感じた。
「意識のない俺の体ってさっきのことですか？　七条さん、それ、じょ、冗談ですよね？」
「さあ、どうでしょうね？」
　さらに深くなる七条の楽しげな笑み。
　啓太は自分の体にかかっていた布団をめくり、思わず自分の体を確かめた。
　そして、自分が今着ているものにようやく気づく。
「え、パ、パジャマ･･･!?　ってことは七条さん･･･っ!?」
「はい、意識のない伊藤くんの着替えをさせていただきました。はじめは普通に着替えさせるだけのつもりだったのですが、伊藤くんがずっと目を覚まさなかったので、少し悪戯心を刺激されましてね。少々お遊びを･･･といっても、ソフトなことしかしていませんから大丈夫ですよ。痕跡は一切残していませんし、僕の頭の中に少しばかり伊藤くんのあれこれがおさめられただけですから。伊藤くんは本当にいろいろなところが敏感なんですね」
「･･････っ！」
　啓太は先ほど自分が着ていた服を思い浮かべた。先ほどの服装からパジャマに着替えるための過程を頭の中で順番に追っていく。その際、どう考えても上半身の露出や下着の露出は避けられそうになかった。『悪戯』は七条の冗談かも知れなかったが、実際七条に着替えさせられたのは事実のようだった。
「ししし七条さん？」
「病室でおとなしくできますよね伊藤くん」
「そ、それは･･･」
「じゃあやっぱり遠藤くんがどんな反応をするか試してみますか？」
「お、俺からの電話に出ないってことは、さっき七条さんも言ったように和希が俺に愛想を尽かしたのかもしれませんし、そしたらそんなことをしても無意味ですよ」
「伊藤くんの色とか形とか、つついたときの反応とか。あとはそうですね、伊藤くんのさわり心地とか。そのとき伊藤くんがどんなにしどけなかったか、遠藤くんにたっぷりと聞かせてあげましょうね」
「･･････っそれ、困ります！」
　七条の言葉に啓太はとうとう白旗を掲げた。今がどんな状況であっても、実際和希にそんなことを吹き込まれたら、いろいろな意味であとが怖いような気がした。たとえ事実でなくて七条の作り話であったとしても、穏便に流してはくれなさそうな気がする。
「では伊藤くん。僕と約束してくれますね。病室を抜け出して遠藤くんを探すなんて無謀なことは二度としないと」
「･･････はい、わかりました。今度こそ本当に、早く体を治すことに専念します」
「動けないことでのストレスは、みんな遠藤くんにぶつけるといいですよ」
「それ、おととい王様にも言われましたよ」
「伊藤くんをこんなに心配させる遠藤くんがいけないんですからそれも当然ですよ。それではそろそろ僕は帰ることにします。伊藤くん、お大事に」
　話を終え、七条が椅子から立ち上がる。啓太は少しだけ体を起こして、七条に向けて礼を言った。
「はい、ありがとうございました七条さん。そしていろいろとすみませんでした」
「伊藤くんが謝ることなんて一つもないですよ。とにかく伊藤くんは早く元気になってください」
「ありがとうございます」
「そうそう、今日のことは僕と伊藤くんだけの秘密にしましょうね。勿論、僕が伊藤くんを着替えさせたことも含めて」
　ドアの前で七条がにっこりと微笑んでそう言う。
　啓太はそれに対してしどろもどろになってもう一度礼を言った。
　そのあとでふと声をひそめて啓太が七条に声をかける。
「･･････七条さん」
「なんですか、伊藤くん」
「俺･･･実は一つだけ、和希がここにこない理由に心当たりがあるんです。今朝夢を見て、それでもしかしてと思ったんですけど･･･」
「夢を見て？」
「はい。詳しくは話せないんですけど、和希、もしかして･･･――」
「･･･伊藤くん？」
　少しだけ起こしていた啓太の体が、言葉の途中で唐突に体の力がなくなったかのようにベッドに沈みこむ。
「伊藤くん!?　どうかしたんですか？」
「あ･･･だ、大丈夫です･･･いきなり眩暈がしただけで･･･」
　七条はすぐに啓太のそばに寄り、その体に触れた。
「･･･伊藤くん、体が震えてますよ･･･」
「え？　おかしいな･･･。別に俺、寒くないですよ。むしろなんか熱いくらいで･･････。なんだろ、急に･･･。それになんか･･･」
「伊藤くん!?」
「･･････七条さん･･･和希、あのとき俺にごめんて言った気がするんです。たぶん和希が気にしてるの、昔･･･の･･･――」
　薄れる意識の中でそれだけを伝えて、そうして再び啓太の意識は闇の中に沈んだ。