ドアを開けてそこにいる人物を認めた途端、啓太は言葉を失った。
　足を止めてただじっとそこにいる人間を見つめる。
　こちらを見返す瞳が逸らされることなく、まっすぐ啓太を受け止めている。
　啓太はそこにある存在をちゃんと体で確かめたいと思った。自分の手で触れて、その熱を確かめたい。
　だがそちらに向けて手を伸ばそうとしたとき、相手の瞳に明らかな罪の意識が見え――そうして啓太は伸ばした手を拳に変えた。
「――っ」
　病院の廊下に、啓太が拳を叩きつけたドアの音が響き渡った。


「啓･･･太･･･？」
　ドアを叩きつけた音は啓太の渾身の力ではないと思われた。大きな音の割りにはドアは壁に激突することなく、故意に大きな音を立てるために叩かれたようだった。
　和希は壁から背を離し、目の前に立つ啓太の名前を呼ぶ。
　啓太はドアに拳をあてたままうつむいていて、その表情は見えなかった。
「おい、啓太？　どうしたんだよ、いったい」
　病室の中から丹羽の声が聞こえた――と和希が認識したとき、
「･･･っ啓･･･！」
目の前のドアが勢いよく閉められようとしていた。和希は反射的にドアと壁の間に足を挟み、その一方で手でドアを押さえる。ドアはギリギリで和希の靴の分の隙間だけを残し、完全に閉じられることはなかった。
　閉められそうになったドアをどうにか止められたことで和希は短い息を吐き、そのあとで啓太に声をかけようとした。
　だが和希が啓太の名前を言いかけたところで、それを遮るように啓太が口を開いた。
「――もう会えたからいい！　和希の姿見られたし、和希だって俺の元気な姿確認できただろ。だからもう用はなにもないよな！」
「･･･啓太･･･」
「俺の方だってもう和希にこれ以上の用なんてない。だから、帰れよ！　こんなところにいないでさっさと帰れ！」
「――」
　和希は啓太をじっと見つめる。いまだうつむいていて、その表情はよく見えない。ただ、啓太を包んでいる空気が自分を拒絶しているのはわかった。自分に心を許していない。
　啓太に会いたいと思ったら、すぐに会えると思っていた。自分さえ啓太の元に向かいさえすれば、それで終わるんだと思っていた。だが、今はこうして一枚のドアが啓太と自分とを隔てている。誰でもなく、啓太自身の手によって。
　和希はため息をついた。
　それでも、「帰れ」と言ったきり啓太は動かなかった。そのとき以上の力でドアを閉めようとすることもなく、さらに口を開くこともなかった。
　だから和希はドアの隙間から手を伸ばして、ドアノブをつかむ啓太の手に自分の手をそっと重ねた。啓太の手はわずかに揺らいだものの、和希の手を振りほどくことはなかった。
　それ以上閉じないドアが、振りほどかない手が、黙り込んだ唇が、啓太の心を表しているのだと和希は思った。その身にまとう空気が自分を拒絶していても、たった今つながっている手のように、啓太の奥にある本当の心は。
　久しぶりに触れた啓太の手は冷たかった。和希にはその冷たさが、啓太を一人きりにさせていた時間の長さのように思えた。
　和希は啓太の手に重ねた自分の手にぐっと力を込めた。
「啓･･･」
　だが和希が啓太に話しかけようとしたところで、病室のドアが突然内側から大きく開いた。そのために重ねられていた二人の手が離れる。横にいた和希の鼻先を掠めて開かれたドアのすぐそばには、西園寺の姿があった。
「啓太。そろそろ私たちは帰る」
「あっ、さ、西園寺さん」
「まだ本調子ではない啓太のところに突然押しかけてすまなかった。今度来るときはもっと元気になった啓太の姿が見たいものだな」
「じゃあな啓太。ゆっくり体休めて元気になれよ！」
　西園寺と丹羽が連れ立って病室を出て行く。啓太は西園寺たちに対してノブをつかんだまま頭を下げた。
「西園寺さんも王様も、わざわざここまで来てくださってありがとうございました」
「伊藤くんはまだ療養中なんですから、くれぐれも無理は禁物ですよ。体を酷使することのないように。安静にしているのが一番ですからね」
　最後に七条が、啓太ににこやかに笑いかけて病室を出る。
「はい。ありがとうございます七条さん」
「それでは伊藤くん、また会いましょう」
「･･････！」
　啓太のほうを向いて別れの言葉を口にした七条の足が、和希の足を思いきり踏みつけていた。かかとで踏まれた痛さに驚き、和希が足を引っ込める。
「すみません遠藤くん。そこに遠藤くんの足があることに気づきませんでした」
「七条さん！　気をつけてください」
「本当にすみませんでしたね」
　和希に向けて笑いかけた七条の手が病室のドアを押し、ドアは啓太を呑み込んでゆっくりと閉められていった。
「遠藤くんの足の骨が折れてしまったでしょうか？」
「さすがにそこまでは――って、七条さん、ドア！」
「はい？　ああ、完全に閉まってしまったみたいですね」
　和希が慌てて病室のドアに取りついたが、中から啓太が押さえているのか、ドアが簡単に開く様子はなかった。
「･･････七条さん･･･恨みますよ･･･」
「意趣返し、ですよ。ね、郁。それではさようなら遠藤くん」
　いっそう楽しげな笑みを残して七条も病室を離れていく。そちらのほうに目をやると、廊下の途中で足を止めていた西園寺も丹羽も、こちらを見て笑っていた。
　和希は視線を戻し、ドアに向き直った。軽くノブをひねって引いてみようとするが、やはりドアは開かなかった。
「啓太、開けてくれ」
　ドアの内側に呼びかけてみる。だが、返ってくるものはなにもなかった。
　和希は改めてドアノブを見た。先ほどドアが開いているときに内側のノブを見た限りでは、このドアは中からは鍵を閉められない仕組みになっているようだった。つまり今ドアが開かないのは、内側から啓太が自分でドアを押さえているからだろう。
　閉じていないドアをそれ以上閉める気がなくても、一度完全に閉じたドアを自分から開ける気にはなれない。「帰れ」と言ってしまった分、啓太は自分からはそれを覆す気はないのだろう。開かないドアを見て、和希はそう判断した。
　和希は先ほど触れた啓太の手の冷たさを思い出す。それから久しぶりに見た啓太の顔を。
　まだ、笑顔をまったく見ていない。自分を見つめる啓太の、胸があたたかくなるあの笑顔を見ていない。最後に啓太の笑顔を見たのはいつだったのか――そして和希は少し前夢の中で会った啓太を思い出した。
　あれは、あのときの啓太の笑顔は本当に願望だったのだと思う。現実の啓太はドアの内側にこもっていて、自分に笑いかけてはくれない。
　でも、だからこそ本物の笑顔を見たいと思った。なによりもまず、ちゃんと啓太に会いたい。
『俺だって、和希に早く逢いたいです･････』
　病室の外にいるときに聞こえてきた啓太の言葉を胸に、和希は改めてドアノブをつかんだ。
「――啓太、手首気をつけろよ」
「･･･えっ」
「一気に引くから。覚悟しろよ」
　それから和希は宣言どおり手に力を込め、思いきりドアを引いた。
「うわっ」
「おっと」
　ドアが急に開いたことでバランスを崩した啓太の身体を反射的に支える。
「大丈夫か啓太」
「･･････っ」
　啓太は和希の身体を突き放すと、すぐに反転し病室の奥に駆け込んだ。
「啓太！　まだ走ったりしたら･･･！」
　和希の言葉を無視して奥まで駆け込んだ啓太は、窓を背にしてこちらを振り向いた。今度はこちらをしっかりと睨みつけて。
　それでも顔を伏せられているよりはそのほうがずっといいと和希は思った。
「啓太･･････」
　ドアを後ろ手に閉めて啓太の正面を向く。
　改めてその全身を見つめ、本当に、本物の啓太がそこにいることを実感した。
　だから和希の唇から、その言葉がごく自然に落とされた。かすかな微笑みとともに。
「会いたかったよ」
「･･･っ俺は会いたくなかった！　――ううん、会いたかったのかもしれない。でもさっきも言ったように和希のこと一目見たらもう充分だよ」
「俺は充分じゃないよ。啓太にちゃんと触れていない」
　そう言って、啓太に向けてゆっくりと歩を進める。
「勝手なこと言うなよ！　ずっと触れなかったのは、会いに来なかったのは和希の方だろ！　俺が会いに来るなって言ったわけじゃない。和希が自分で俺に会いに来なかっただけじゃないか！」
「･･････そうだな」
「･･････和希がここに来なかった理由はもうわかってるよ。なんでここに来られなかったか、和希がなにを気にしていたのかわかっているつもりだよ。けど、連絡を一切絶って居場所も知らせないなんて、ここまで徹底的に俺を避けるみたいなことしなくてもよかったじゃないか。ずっと俺を放っておいたくせにいまさら会いたかったなんて、そんなの勝手すぎるだろ。和希の都合で会えたり会えなかったりするなんて、そんなの、ずっと和希のことばかり考えている俺がみじめ過ぎるじゃないか！」
「啓太･･････」
　啓太から向けられた激しい感情に阻まれたように、啓太の元に辿りつく前に和希の足が止まる。
　啓太は小さく息をついた。
「･･････ワクチンのことは、感謝してる。俺の身体のために、和希と離れて過ごすことは必要だったのかもしれない。和希の力なしでは、俺はこんなふうに元気になっていなかったかもしれない。でも俺との連絡を一切断ち切ったのは和希だけの都合だろ。和希が自分で、自分だけの理由で俺に会わない選択肢をとったんだ。和希にとっては和希の気持ちとか俺に対する罪悪感とかの方が大事で、俺自身のことなんか二の次なんだよな。和希の俺を好きっていう気持ちはその程度のもので、俺は和希の都合のいいときに抱き寄せられたり、放っておかれたりするんだよな」
「啓太･･･っ」
　和希は反射的に腕を伸ばしていた。腕を伸ばして数歩踏み込み、啓太の腕を捕まえる。
　だがその腕はすぐさま振りほどかれた。
「――和希の都合にばかり振り回される方の身にもなれよ･･･！」
「･･･････っ」
　和希はそれでもなお、もう一度腕を伸ばして啓太の腕を掴んだ。そのまま啓太の身体を自分の腕の中に抱き寄せる。
　強い力で抱きすくめると、啓太もそれ以上は抵抗しなかった。
「ごめん･･･っ」
「･･････っ。久しぶりに会ったのに、俺だってこんなこと言いたくない。だけど俺に言わすのは和希なんだからな。和希に後ろ暗いところがなければ堂々としてればいい。でも、最初に俺に悪いって思ったのは和希じゃないか！　そんなふうに俺に悪いって思うくらいなら、最初からこんなことするなっ！」
「――ごめん。本当にごめんな。啓太の言うとおりだよな。啓太が俺と会わなかったわけじゃない。俺が、ここに来られなかっただけだ。本当にごめん･･･」
「俺は別に和希に謝ってほしいわけじゃない。ただ･･･会いたかった会いたかった会いたかった――寂しかった。和希のせいで何回泣いたと思ってるんだよ。俺はこうなのに、和希の方は平気なのが悔しい･･･！」
　和希の腕の下から自分の腕を伸ばし、啓太も和希の身体を抱き返す。強くしがみつくようなその力が、啓太の気持ちをはっきりと表していた。
「平気じゃなかったよ。･･････平気じゃなかったけど、啓太に対して罪悪感があって会いにいけないとは思った。啓太に早く会いたかったけど、この気持ちのままでは会いにいけないって、俺が俺の気持ちを優先したのは事実だよな。啓太はただ待つだけしかできなかったのにな･･･。俺は自分で会いに行く手段がありながら、啓太を一人にさせていたんだよな。･･････急な入院で、啓太はずっと心細かったよな。自分の身体のことだって不安だったろうし、そのうえ俺とは連絡が取れなくて、本当にこんなときにそばにいてやることができなくてごめんな･･････」
　抱きしめた身体の震えと小さくしゃくりあげる声に気づき、和希は自分の腕の力を少し緩めた。改めて腕の中の存在を大切なものとして優しく包む。その体温を、伝わってくる鼓動を感じながら、いまさらのようにこんなに愛しいものにずっと触れないでいた自分の馬鹿さ加減を悔やんだ。
「･･････誰がいたって･･･他の誰がいたって、和希がいなきゃ、俺にとってはおんなじ、なんだからな。そのことをもっとちゃんと、自覚しろよ･･････馬鹿･･･」
「･･････うん」
「来るの遅すぎ･･･だろ。ちょっとぐらい顔を見せてくれたって･･･連絡の一つや二つ寄越してくれたって･･･いいだろ･･･」
「そうだな･･･」
「本当にずっと会いたかった･･････和希に会えなくて、すごくつらかった･･･」
「啓太･･････」
「･･････ずっと放っておかれたのが寂しくて、ひどいこといっぱい言って･･････ごめん･･･」
「――」
　和希は抱きしめていた啓太の身体から片手を離すと、すぐにその手で啓太の顔に触れ、顔を上げさせた。そのまま啓太の唇に自分の唇を重ねる。
「･･････っ」
　啓太は突然のキスに驚いたようだが、そのまま目を閉じて和希のキスを受け入れた。強引に仕掛けたくちづけがすぐに深くなり、啓太に息を継ぐ間さえほとんど与えないほど激しいものとなる。啓太の唇を貪るようにくちづけて、和希は自分がこんなに啓太に餓えていたことを知った。
　もっともっとと求める心がある。いまさらのように、この存在をこんなにも欲していたのだと自覚した。



　くちづけのあとも、和希は啓太の身体を離そうとはしなかった。いくらか腕の力を緩めたものの、そのまま抱きしめ続けている。啓太はその腕を心地よいものと受け止めながらも、改めて、だったらもっと早く来いよと心の中で呟いた。
　久方ぶりに触れた和希の身体はあたたかくて、やはり安心感を与えてくれて、そして少しだけどきどきした。和希の熱や吐息や匂いを感じて、満たされた心地になる。本当に、他の人間ではだめなんだと強く思った。
　しかし何も言われないままずっと抱きしめられているのも恥ずかしくなり、啓太はやがて身じろぎして和希の名前を呼んだ。
「和希･･･」
「んー？」
「いつまで･･････このままでいるつもりだよ」
「俺が満足するまで」
「･･････ほんとに和希は勝手だな」
　呆れも含んでそう言ってやると、和希は少し身体を離して啓太の顔をのぞきこんできた。
「啓太は、勝手な男は嫌い？」
　そこには不安そうな響きなど一切なく、啓太は内心で「もうこれかよ」とか「さっきまでのあの殊勝な態度はどこにいったんだよ」と思った。しかし口に出しては、
「嫌いじゃないよ。･･････和希なら･･･」
と答えてしまう。途端に和希が笑って、「サンキュ」と言ったあとに軽いキスをしてきた。
「でも、俺はまだ怒ってるんだからな。本当にずっと会いたかったし、寂しかったし、そばにいてほしかったんだからな。和希の理由もわかるし、和希が俺のために頑張ってくれたのはわかるけど、じゃあしょうがないな、なんて聞き分けのいいことなんか俺は言えないんだから。それくらい俺は子供で･･････和希に甘えたいし、拗ねたりもするんだからな」
「啓太のは当たり前のことで甘えじゃないと思うけどな。それに、ここまで啓太が俺に会いたいって思ってくれてたのなら嬉しいよ。俺だけが啓太を求めているんじゃなくて、啓太も俺を望んでくれたのならすごく嬉しい」
　そう言って、和希は今度は啓太の髪にキスを落とす。
「･･････和希はそう言うけど、はっきり言って和希のほうが俺より薄情じゃないか。普段はいっぱいいろんなことを言っておきながら、肝心なときはこんなふうに･･････」
　啓太は和希の背中に回していた手にぎゅっと力を込めた。
「啓太･･････。本当にごめんな。啓太が倒れた原因がウィルスによるものだと知ったとき、もう昔みたいに啓太に対して無力なのは嫌だと思ったんだ。あのときは俺に力がなくて、苦しんでいる啓太を前にただ見ているだけしかできなかった。もしあのときのことが原因で啓太が倒れてしまったのなら今度こそ俺の力で助けたいと思ったし、助けなきゃと思った。啓太に先に会ってしまったら俺の心がくじけてしまいそうで･･････そして俺が原因だと思うと苦しんでいる啓太に合わせる顔がないと思った。それになにより啓太を失いたくなくて、一刻も早く啓太を助けなきゃと思ったんだ。でも、そんなの全部脇においても、俺は啓太に逢いにくるべきだったな」
「本当にそうだよ。和希が俺のところに顔を出したら無理するなってことも言ってやれたし、俺は大丈夫だって和希を安心させることもできたのにさ。和希、俺のためにろくに寝てないんだろ。俺のためにそんなに頑張らなくてもいい。和希が無理してるのは、俺がつらいよ」
「･･････啓太に会ったら、俺はますます頑張らなきゃいけない気になったと思うけどな。ここに来ていなくても啓太の状況はわかってたけど、目の前で意識をなくした啓太や、苦しそうに喘いでいる啓太を見たら、俺はやっぱりとことんまで頑張らないではいられなかっただろうな。そんな啓太を見たらおちおち寝てられないよ。でも･･････間に合ってよかった。啓太を助けることができてよかった。俺は、今度こそちゃんと俺自身の力でおまえを守れたんだな･･････」
「･･････」
　和希の声に染みとおるような深い想いを感じ、啓太は無言のまま和希のその言葉と自分を抱きしめてくる和希の腕の力を受け止めた。その言葉によって和希に対する怒りが瞬く間に消失していくのがわかる。自分は本当にまだまだ子供なんだと、啓太は自分を振り返って反省する。
　和希は、こんなにも自分を心配してくれていたのだ。自分の身体は大丈夫だという前提で会いにこなかった和希を一方的に責めたが、それ以前に和希はまず、自分のことを本当に心配してくれていたのだ。自分のことだから身体のことを簡単に脇においてしまったが、和希にとっては第一に優先すべきが自分の身体――自分の命だったのだ。そんなふうに心配して自分のことを助けてくれた人間に対して、まず最初にするべきことはおかげで助かった、自分はこんなにも元気でいられると、自身の健康を証明してみせることだったんではないだろうか。怒りをぶつけることよりも、そのほうがずっと大事なことだったんではないだろうか。
「･･････和希、ごめん」
「え？」
「俺が子供で、本当にごめん。本当の意味で和希の気持ちを理解してなくてごめん。たくさん心配させてごめん。本当にひどいことばかり言ってごめん･･････」
「ちょ、ちょっと待てよ啓太。謝るのは俺のほうであって、啓太が謝ることなんかないだろ？」
「和希には感謝してる、頑張ってくれたのはわかるとか言って、俺は全然和希のことをわかってなかったんだ。自分の気持ちのことだけで頭がいっぱいで･･････俺はまず最初に、和希にちゃんと言わなきゃいけなかったのにな。和希にたくさん心配かけてごめん、それから、ありがとうって。･･････気づくのが遅すぎて、自分でも情けなくなるよ･･･」
　言っているうちに目頭が熱くなって、あまりの情けなさに涙が浮かんできた。それがまた自分の情けなさに拍車をかける。
　少し身体を離した和希が、啓太の顔を見て息を呑んだのが、啓太にもわかった。
「啓太･･････。啓太が俺に謝ることも、礼を言うこともないと思うけどな。だって俺はただ自分の責任を果たしただけだし、入院中の啓太を放っておいたのは事実だしな。啓太は忘れてるよ。啓太が入院するような事態になった原因は俺だろ」
「違う。和希のせいなんかじゃない。俺が自分の不注意で引き起こしたことだろ。今、昔と同じことが起こったのも和希とは全然関係ない」
「でも俺が、昔啓太と一緒に遊んでおきながら啓太を危険な目に合わせた上に、啓太を守りきれなかったのは事実だよ」
「だから違うって！」
「違わない。だから俺は本当に、今度こそ啓太が守れてよかったと思ってるんだ。それに、俺は啓太に寂しかったって言われて嬉しかったよ。ずっと啓太を放っておいた俺を啓太が最初に怒ってくれて嬉しかった。啓太に無理に作った笑顔で迎えられるより、啓太が俺に本音をぶつけてくれて嬉しかった。だから啓太がなにも気にすることなんかないんだからな。俺は今、ああ俺は啓太に愛されてる！って実感しているところなんだからさ」
「･･････なんだよそれ」
　思わず、といったふうに啓太が吹き出す。
　その啓太の頬に自分の手を滑らせ、和希は啓太の顔を見つめた。
「その実感は俺の思い込み？」
　和希の優しいまなざしに、啓太はゆるく首を振る。
「思い込みじゃない。俺は、ほんとにほんとに和希が好きだよ。ずっと会えなかったことで強く実感した。和希がいないと俺はだめみたいだ。どうしてここまで･･･って自分でも思うほど、和希が好きすぎてどうにかなりそう。こんな言葉じゃ言い表せないくらい、和希を･･･愛してる」
「啓太･･･」
　濡れた瞳で和希を見つめてかすかに笑みを浮かべた啓太の唇に、和希は再び自分の唇を重ねた。先ほどかわしたくちづけだけじゃ満たされない気持ちがある。もっと、もっと深く。もっと激しく。自分の心の奥から愛しい気持ちがどんどんあふれてきて、ただ唇を重ね合わせるだけでは止まりそうになかった。
　終わりが見えないくらいに、愛しい気持ちが募り続ける。