密室 〜保健室へようこそ〜 （中） 七海に満面の笑顔を向けられても､空はすぐには動けなかった。むしろあからさまな誘いの言葉に､気持ちのどこかが臆していた。 「羽柴くん?」 「――」 七海の深い色合いを帯びた濡れた瞳が､こちらを見つめている。 甘い視線。 それだけで､心を蕩かすような。 まったく動こうとしない空の様子を見て、七海は一つ息をついた。そして自分の髪に手をやり､ゴムをはずす。結ばれていた髪がほどけ､七海の肩に揺れた。 それから彼は、艶然と微笑んだ。 「は・し・ば・く・んｖ」 ――びくん。 ただ名前を呼ばれただけなのに､空の体が反射的に反応した。迷うように七海を見つめ､それから､おずおずと歩を進める。 ゆっくりとベッドに近寄ってきた空の首に、たちまち七海が腕を回した。 重なる二人の唇。 いまだ慣れない空を導くように、七海が深くくちづける。ゆっくりと絡んでくる七海の舌の甘さに熱を煽られ､やがて空も自らそれにこたえるように舌を動かした。 「ん・・・っ」 七海に教えられた、七海のキスのやり方。息の継ぎ方、首の傾け方､舌の動かし方――幾度もかわすくちづけの中で､熱を分け合いながら空の体に無意識のうちに刻み込まれていく。 「･･･な、七海ちゃ･･･」 「ん･･･上手ですよ、羽柴くん･･･。けっこう素質ありますよね･･･」 熱に浮かされたような空にそう言って､さらに七海が唇を合わせた。空は自分も七海の頭に手を回し､キスの甘さを追い求めて､蕩けそうな快感におぼれていく。 先程七海の膝で煽られた体も手伝って､簡単に空の理性が溶けていく。足に力が入らなくなり､空はしなだれかかるように七海に体重を預けた。 何度目かのくちづけかとうにわからなくなったころ､重力が変化し､空はベッドに押し倒されていた。だが慌てる気持ちはどこにもなかった。むしろそれを自然なこととして受け入れる。七海の唇が空の首筋に移り、体操着の下から手を滑り入れられても、空は当たり前のように七海を抱きしめる手に力を込めていた。 体操着をめくられ、胸の突起に唇が落とされる。もう片方を指で責められながら、七海の足が先程のように空自身に触れていた。かすかな鈍い振動が、空自身を昂ぶらせていく。 「っ･･･や･･･っ。そ･･･ういう、焦らすやり方･･･しな･･･っ、ん･･･」 「別に焦らしてないですよ? ただ順番に追っているだけです。でも･･･つらいみたいですね」 感じすぎて腰が浮いてしまう空に、七海が囁く。つらいとわかっているくせに、じんわりとした快感以外のなにも与えてくれなかった。胸の突起に片手を残してくれるだけで、唇もそこを離れて腹部をつたっていく。 「･･･はぁ･･･ん･･･っ」 もっと、と誘うように、七海の髪に絡めた指を動かす。指の間をすべるさらりとした髪の感触さえも、空の体を感じさせた。 自分の心が、体がおかしくなっているのがわかる。これまでの自分とは違うみたいに、意識が快感だけにおぼれ、羞恥心さえわかなくなっている。どんなに恥ずかしい行為であっても、快感の前には嫌がる気持ちが消え去っていくのだ。 それがみんなすべて今快感を与えているただ一人のせいかと思うと、空はひそかに恨めしくも思う。自分が自分じゃないみたいに洗脳され、作り変えられているのだから。――すごくいやらしいものに。 「あっ･･･っ、な、ななみ、ちゃ･･･っ」 「･･･なんですか、羽柴くん」 名前を呼ぶと、顔を上げた七海がくすくす笑いながら優しいまなざしを返してくれた。 「キス、して･･･っ」 「いいですよ」 「・・・ん・・・」 互いの気持ちを確認するようなキスを交わす。どれほどの熱に煽られ、怖いほど官能の波にさらわれそうになっても、こうしてくちづけをかわせば安心できた。 「･･･はぁ･･･。ななみちゃん･･･好き･･･」 七海と離れたあと、熱に浮かされた空が無意識に甘えた声で呟く。 それを聞いた七海が苦い笑みを浮かべながら、もう一度軽くくちづけた。 「･･････ずるいですよ、羽柴くん。そんな言葉はちゃんと、正気のときに言ってくれなくちゃ、でしょう? 羽柴くんからちゃんとした言葉で聞いたのは、今が初めてなんですよ･･･?」 「･･･え･･･? そ、だっけ･･･？」 「そうですよ。まったく、どちらが焦らしてくれるんでしょうね?」 そう言った七海の手がするりと、そこに当てられた。優しく触れられただけなのに、空自身がびくりと反応する。待ちに待っていた場所。そこに、ようやく。 だが七海は空自身の形をなぞるようにゆっくりと手を辿らせただけで、強い刺激になるようなことはなにもしてくれなかった。幾度か軽い動きで往復する指。 「･･･七海ちゃんて、意地悪･･･っ」 つれない恋人に、恨みを込めて空が言う。そこが固く張りつめてさらなる刺激を求めているのは、もう目にも明らかなのに。 「その言葉そっくりお返ししますよ、羽柴くん。少しくらい、羽柴くんの意地悪に報いたっていいでしょう? それに･･･私一人で夢中になっていたらつまらないでしょう？ 羽柴くんを巻き込んで一緒に気持ちよくなっていかないと」 「嘘だ･･･っ。七海ちゃんなんかいつも余裕で、オレばっか･･･っ。ん・・・っ」 「羽柴くんばかり、なんです?」 「オ、オレばっか夢中になってる･･･。七海ちゃんい･･･つも、受け流してて。は･･･ぁ･･･おぼれてるのは、ほんとは、オレの方･･･あっ･･･」 七海の指が、いくらか力を込めてそこを撫で上げた。それだけで空の全身にいっそう甘い快感が走る。 ねだるように腰を押しつけ、揺らめいてしまう。いっそ自分で服を脱ぎ捨てたくなるほどに。 七海にドアを閉められたときの嫌な予感など、とっくに空の頭の中から消え去っていた。今が本来授業中であることや、校内でこんないかがわしいことをしているという背徳めいた気分も、空の意識には残っていなかった。 もっと、乱れたいって思う。快感だけで追いつめて、もっとたっぷりと甘い刺激を――。 「やだ、も･･･直接触ってくれたって・・・っ。ん・・・」 「直接、触っているじゃないですか。こうして･･･。羽柴くんは、これでも不満なんですか？」 「あ･･･そ、じゃなくて。上からじゃなくて・・・っ」 「もっと、やらしく･･･？ 羽柴くんは、どんなことをされたいんですか? 教えてくれないとわからないですよ」 「や、も・・・っ。い、いかせて･･･早く・・・っ」 背中に触れるシーツの心地よさ。七海の肩越しに見える天井。 朦朧とした意識の中で空は、ここが七海のテリトリーだと思い知る。 ここは、彼の仕事部屋なのだ。部屋のすべてが七海の色に染まっている。 その場所で。当の、本人に。 だから余計になにもかも侵される気がする――体も、意識も。 「ああ･･･本当につらいんですね」 あっさりと空のジャージを下着ごと少しだけ下ろした七海が、勃ち上がっている空自身の先端をぺろりとなめた。 「!! あ、ああっん･･･っ」 「羽柴くん、もうこんなに濡れていますよ？ 直接、触っていなかったのに･･･こんなに、涙を流して」 さらに七海が舌を伝わせる。先端から脇をすべり、また先端へ。故意にすぼめた舌が、空の敏感なところを刺激した。 「あ、あっ、な、ななみちゃ・・・っはぁ、ん･･･っ･･･」 七海の頭をかき回して空が甘い声を上げる。ぬるりとした濡れた舌の動きは空を昂ぶらせていくが、はっきりとした直裁的な刺激にはならなくて。空はもどかしさでいっぱいになる。快感におぼれていても、七海が、故意に刺激を抑えているのだということだけは理解できた。前に抱かれたときはもっと、ちゃんと触ってくれたのだから。 どうすればこのもどかしさをすっきりできるのか空にはわからなかった。どうすればちゃんといかせてくれるのか。 「･･･っ、ほんとに、今、つらい･･･ん･･･から･･･っ。このまえだって、けっきょく･･･ななみちゃん･･･っ」 間断なく襲ってくる快感に耐えながら、空が非難の声を上げた。 「この前? ああ、だってあのときは仕方がなかったじゃないですか。私のせいじゃないですよ? まさかあのまま続けるわけにはいかなかったでしょう?」 故意に一本の指だけで空自身をなぞる。触れるか触れないかのわずかな刺激なのに、空の全神経がそこに集中するかのようだった。七海はそんな空の様子を見つめながら声をひそめた。 「それとも･･･」と、囁くように続ける。 「それとも･･･見られたかったんですか? しているところを？」 「ち、がうけど･･･っ･･･あ･･･っ」 空自身がさらにびくんと震える。それを見て七海は、空の限界が近づいていることを知った。さほど直接的に触れてないのに、経験の少ない少年の体はそれだけで達してしまいそうになっていた。もしかしたら経験の少なさというよりも、その体の感応の良さからきているかもしれないと、密かに七海は思う。 「羽柴くん、もう少しだけ我慢してくださいね。自分で触っちゃだめですよ?」 そう言って七海は空のズボンと下着を手早く取り去った。それから空の足首に手をかけ、両足を押し広げる。 「――っ」 恥ずかしいポーズを強いられた上にすぐさま七海の指が奥に触れてきて、空が息を飲む。 動揺を見せる恋人をなだめるように、七海が空の足に軽くくちづけた。 「大丈夫。まだほぐすだけですから。できるだけ羽柴くんの体に負担のない方法をとりたいんです｡･･･というのは建前で、ほんとはもっともっと羽柴くんを淫乱な体にしてみたいだけなんですけど」 七海が、悪戯っぽく笑う。その笑顔はとてもかわいいのに、それだけに意地の悪さが表れていると空は心の中で思った。そのくせ、本当に嫌うことなどできないほど惹かれているのだから、すごく理不尽だとも思う。 「羽柴くんをね、こっちだけで充分感じちゃうような、一晩中でも、何度でも付き合ってくれるような体にしてみたいんです。でないと･･･私が物足りないんです｡この前だって、すごく我慢したんですよ? ほんとはもっと何度だって――」 空自身から伝いこぼれていた空の先走りの雫をそこに塗りこめていた七海の指が、中に浅く侵入してきた。 「･･･あっ、ああっんっ･･･――!? やっ、七海ちゃん!?」 快感というよりもその異物感と驚きだけで空が反射的に達きそうになるのを、七海の手がすかさず押さえた。きつく、痛みさえ伴うその行為に、空が驚いて声を上げる。 「･･･やだ、七海ちゃんっ･･･手、離して、もうっ･･･オレ･･･っ」 「まだ、だめ。もっと、こっちも感じて?」 「――んふ･･っ･･･は･･･はぁん･･･」 侵入してきた指が空の中でうごめく。自身を強く押さえ込まれて達きたくても達けない一方で、確かに、そこから新しい快感が引き出されていくのがわかる。 けしてまだ慣れたわけではないけれど。そこも自分の快楽を呼び起こさせる場所だということを、もう以前に教えられているから。 「あ･･･ああんっ･･･も、いじわる、しな･･･で･･･っ。おねが･･･ななみ、ちゃ･･･。オレ、も、おかしくなる･･･っ」 指が増やされ中を強く刺激されるたびに、空の腰が浮き、せつなげな声がこぼれる。 最初から、ずっと達くことを許されていない。こんなに達きたくてたまらないのに、意地悪な恋人は自分が変になる様をどこか冷静に見つめて、さらに追いつめていくのだ。 淫乱な体だなんて、もう、とっくになっている。こんなに感じすぎて、体も頭の中もおかしくなっているのに。 「･･･い、いかせ、て･･･っ。七海ちゃん･･･オレのこと、好きなら、も･･･っ」 「もう･･･仕方ないですね。ずるいですよ、羽柴くん。そんなふうに言われたら、譲るしかないでしょう?」 「･･･嘘、つき。ず･･･るいの、は、なな･･･っ――んふっ･･･あっああっ･･･」 空の内部が、さらに乱暴にかき回される。 「そんなこと言ったら、もっといじめちゃいますよ?」 「や・・・っ」 空の手が七海の服をぎゅっと掴んだ。いっそうかわいい少年のその様子に、七海がつい微笑みを誘われる。 「･･･いいですよ、羽柴くん。もう、達かせてあげます。ちゃんと、両方で私を感じてくださいね？ そして、この気持ちよさをちゃんと体で覚えてくださいね」 そうすると、あとが楽になるのは羽柴くんなんですから――そう言って、七海が空自身を押さえていた手からいくらか力を抜いた。そのまま、後ろを責めながら空自身を強くしごきあげる。 「ん･･･っあ、ああっ･･･な、なな･･･んっ･･･あっ、ああっ――っ!!」 ようやく自由になった体に濃厚な刺激を与えられて、間もなく空は達した。 待ちわびていた絶頂。それだけに一度だけでなく、すぐさま熱い波に翻弄されて続けざまに吐精する。 あまりの快感の強さに空の意識がさらわれそうになる。前に抱かれたときとは違う･･･本当に、感じすぎておかしくなる。 ――もう限界だと思うのに、七海はこれがはじまりだと言う。 こんなふうに幾度もめちゃくちゃに感じさせられたら、最終的に、自分の体はどうなってしまうんだろう――。 七海に与えられる快感におぼれながら、空はそんなことを漠然と考えた。 |