密室 〜保健室へようこそ〜 （後） 自分の中にあった最初の熱い波をすべてやり過ごしたあと、空はふと現実に返った。とりあえず達きたくて達きたくて無我夢中になっていたけれど、ここは保健室、なのだ。このベッドはもともと、具合の悪い生徒のためのもので。 「ごめん、シーツ汚した･･･」 ほんの少し身を起こした空が、息を整えながら七海に言う。あまりの快感に目元に涙まで浮かべている少年に悄然と謝られて、七海は思わず笑ってしまった。 本当に、どこまでこちらの気持ちを惹きつける気なのだろう。さっき空は自分ばかりと言っていたが、真実、虜（とりこ）になっているのはどちらなのか、空はまだ知らないのだ。 ずるいほどにあどけなく、罪深いほどにかわいくて。 「そんなこと気にしないで下さい。シーツの替えぐらいたくさんあるんですから」 「そっか･･･。あ、でも布団も、汗とか･･･い、いろいろと･･･っ」 さすがにはっきりとは言えなくて、空が言葉をごまかして視線をはずす。顔をいくらか赤くした空を見て、七海が再び空自身に指を絡めた。 「そうですね･･･羽柴くんのココ、たくさん出してましたものね。ベッドまでしみちゃったかもしれませんよね」 「な、七海ちゃん・・・っ」 「でもそんなこと気にしていたらきりがありませんよ？ それに、そう言って私の気を散らして、ここで終わらせようという考えなら･･･」 吐き出したもので汚れている空自身を、七海の舌がなめとる。一度達した空自身が、また七海の手の中で固くなったのがわかった。 「ん・・・っ」 「つづき、しましょうね。まだ羽柴くん、一回しか達ってないじゃないですか。それに私のことだって忘れているでしょう？ だめですよ、自分一人だけ満足して終わりにしちゃ」 「･･･そんな、つもりじゃ･･･あっ･･･はぁ･･･っ」 七海の指がまた空の秘所に伸ばされた。一度ほぐされたそこは、七海の細い指など簡単に受け入れてしまう。そして、たっぷりと施された先程の快感が再び蘇ってきた。空の体がさらに敏感な反応を示す。 「覚えるの早いですね、羽柴くん。やっぱり素質があるんでしょうね」 「違う･･･っ。な、七海ちゃんが･･･っ」 そう言って、空が七海の肩口を掴む。七海の服を強く握り締めて、自分の中の高まる熱に耐えようとした。 なんだかんだ言いながらも、空が、すべてを自分に預けているのが七海にはよくわかっていた。嫌がっても非難しても、本当に拒絶してはいないのだ。今も、結局空は足を閉じようとはせず、七海の愛撫に身を任せている。 そんな姿がいとおしくて、ついついいじめてしまいたくなるのだが。 「は･･･はぁん･･･っ。や･･･やぁ･･･っ、そんなこと、も･･･っ。･･･んんっ･･･」 七海の指が空の中に侵入し、やわやわとほぐしながら快感を与えていく。ときおり足を押し広げられ、そこや空自身に舌を這わせられると、空は耐えきれずにさらなる甘い声をこぼした。 何度聞いても聞き慣れない自分の声。男の自分が、こんな甘い声を出せるのが信じられない。本来なら一生聞くことがなかったかもしれない声も、今自分を抱いている相手が引き出したのだ。 「もっと焦らしてあげたい気もするんですけど･･･さすがにそろそろ、私のほうが我慢できなくなってきちゃいました･･･」 羽柴くんが、そんなにかわいい声をあげるからですよ?――七海がそう言って、指を引き抜こうとした。それだけで空のそこが過敏に反応する。 「そんなに惜しむように締めつけなくてもいいんですよ？ すぐにもっと、気持ちよくさせてあげますからね」 自分よりもずっとずっとかわいい声で七海がそんなことを言う。七海のことは前から好きだったけど、自分が彼に抱かれるなんて夢にも思わなかった。以前は、想いが走りすぎてひそかによこしまな妄想さえ抱いたことがあったのに。 そう、ちらりと浮かんでしまったイケナイ妄想。七海だったらこういうとき、きっと普段よりもさらに甘くせつない声を――。 「――あ･･･」 七海が与える愛撫に理性を忘れていた空が、目を大きく見開いた。たちまち空の視界に飛び込んできたのは白い防火材の天井。 この部屋――保健室の。 それと同時に頭の中をかすめたキーワード。 外から開かないドア。数多く用意された、白く清潔なベッドシーツ。 そして空の脳裏に、不意に映像がかぶさった。 ――‘保健室’。 ここで。 このベッドで。彼、も。 今の自分と同じように腕を絡めて喘いで――。 「――!!」 気がつくと空は、腕を突っ張って七海の体を押しやっていた。 「羽柴くん?」 「･･････」 「どうかしたんですか？」 両目を閉じて頑なに腕を突っ張ったままの空に、七海が聞いた。 だが空は、七海の優しい言葉にもなにも答えなかった。 七海は一つ息をつく。そして空の、自分を押しやるために伸ばされた腕を取り、その腕にくちづけた。 「･･････っ」 そのくちづけ一つで、空の体が甘く反応する。七海が幾度か腕に軽く唇を押し当てていくと、空の腕からわずかに力が抜けた。 それから七海は空の腕を自分からはずすと、目を閉じたままの空の頬にくちづけた。次に少し場所をずらしてまたくちづける。額、まぶた、鼻先･･･空の顔のいたるところにキスの雨を降らせていく。 けして強引なやり方をしない七海のそのキスに、空の意識が再び蕩けていく。 自分をいたわるような、愛しむようなそのくちづけの一つ一つに、七海の気持ちが込められているようだった。 ふと。空が目を開いた。 目の前に、自分を覗き込む七海の真摯な瞳があった。 「･･･なにを考えてました?」 「･･････」 空はついっと視線をそらす。 「――真一朗のこと?」 七海がその名を出すと、空の体が一瞬強く震えた。 そのことで七海は、それが図星であることを知る。 水都真一朗。 七海の長年の友人であり、そして、七海が幾度も肌を重ねた相手。 「どうして急に真一朗のことなんか･･･ああ、もしかしてここ、ですか? ここで私が真一朗とキスをしていたから? それとも、ここで真一朗に抱かれたことがあるという話を思い出して?」 しかしあくまでも空は口を開こうとはしなかった。視線もずっと背けたままで。 だがその空の頑なな態度こそが雄弁な答えとなった。 「いまさら過去の出来事を否定する気はありません。実際ここで、このベッドで真一朗に抱かれたのは事実ですし。でも、だから――？ だからなんだと言うんです? 同じ場所で抱かれることがいやなんですか? きたない？ やっぱりそんな私を軽蔑しますか?」 「違う、理屈じゃないっ!」 七海の言葉に、彼の腕をつかんで空がすぐさま叫んだ。 「きたないとか軽蔑とか、そんなことじゃないっ。自分でも、よくわからないんだ。ただ兄ちゃんと七海ちゃんのことを思い出したら――そしたらこのままここで七海ちゃんに抱かれるのやだって思って･･･っ」 「ここで私が真一朗に抱かれたから、ですね?」 「――」 冷静に指摘する七海の声に、空はまた口をつぐんだ。その指摘を否定することはできなかった。 けれど、七海の前ではっきりと肯定することもできなかった。 「でもそれを言ったら、この前羽柴くんを抱いたあの部屋でも真一朗としましたよ。あそこの台所でもバスルームでも玄関でも。真一朗、一般的じゃないやり方が好きですから」 「･･････っ」 具体的なその言葉の羅列に空が耳をふさごうとする。しかし七海の手がそれを遮った。 空の腕を掴み、ベッドに押しつける。 「だったら、もうあの事務所には行きたくないって思うんですか? けがれているから? 中に入ったら、真一朗と私のことを思い出すから!?」 七海の手に力がこもる。空はつかまれた腕の痛みに顔を歪めた。 いつも穏やかな彼らしくない激しさ。 「な、七海ちゃん･･･い、たいよ･･･」 腕の痛みを訴えると、七海がするりと力を抜いた。 それでも空の腕は掴んだままで。 七海が、小さく呟いた。 「――羽柴くんは、私のことは考えてくれないんですか･･･?」 「･･･な、七海ちゃん･･･っ」 あまりにもさみしげに響いたその声に、空が慌てて七海の名を呼ぶ。 「様々な不安を忘れるために真一朗と体を重ねましたよ。そのことはいまさら消せないし、消したいとも思いません。別にそのことを後悔しているわけじゃないんです｡羽柴くんとは関係ないところで私と真一朗のつながりがあって、互いに納得して割り切って抱き合いましたから。でも、だからこそ羽柴くんとのことは別でしょう? 自分の好きな子との新しい思い出を築いていってはいけないんですか? ここでも私の部屋でも他のところでも。真一朗との記憶を塗り替えるように、羽柴くんとの思い出を作っていきたいと思っちゃいけませんか？ ――それをきたないからいやだなんて拒絶されたら、羽柴くんとの新しい思い出を作って、それをずっと大切に守っていきたいという私の気持ちは、どこにもっていけばいいんですか･･･?」 「あ･･･」 「ここは、私の仕事部屋なんです。もともとここで働く気はなかったとはいえ、もうすでに生活の一部になっています｡毎日長い時間いるここで大好きな羽柴くんとお互いの気持ちを確かめあって、そしてそれを日々の励みにしたかったんです｡羽柴くんとの思い出ができたらきっと毎日仕事をするのが楽しくなるって、そう思って･･･。でもそんな考えは、羽柴くんにとって迷惑以外のなにものでもないんですか？」 再三にわたって七海の口からこぼれた問いに、空は強引に七海の手を振りほどいて、体を浮かせて七海に抱きつくことで答えた。 強い力で七海の背中に手を回す。 「ごめん――ごめんっ、七海ちゃん！ ほんとにごめん！ オレ、嫉妬してたんだ。オレには絶対割り込めないような関係を七海ちゃんと築いている兄ちゃんのこと、すごく妬んでた。もう何年も前からオレの知らない七海ちゃんを知っていて、その上いつもと違う特別なときの七海ちゃんもよく知ってて。そんな二人の関係が築かれてきた場所でもあるここでオレが七海ちゃんに抱かれたら、なんか、ここに残っている二人のつながりの強さに呑み込まれてしまうような気がしたんだ。ふっと昔のことを想像してしまったらどんどん哀しくなってきて、こんな哀しい気持ちのまま七海ちゃんに抱かれたくないって思った。でも――」 七海の胸に顔を押しつけるようにして、さらに空は続けた。 「でも、もういいよ。もう変なこと考えない。七海ちゃんと兄ちゃんがここでどうしてたって、オレと七海ちゃんには関係ないことなんだから。オレも、ここでしたいよ七海ちゃん。ここで七海ちゃんとの新しい思い出、たくさん作りたい」 「羽柴くん･･･」 「だから、七海ちゃんが兄ちゃんとのことを忘れられるくらい、オレをめちゃくちゃにしていいよ。そうして、七海ちゃんの頭の中をオレだけにして。頭の中めーいっぱい、オレのことだけ考えて」 そう言うと空は、一度七海から腕をといた。そして体をずらしてわずかに身を起こすと、着ていた体操着に手をかけた。頭をはずし、腕を抜く。そしてすべての衣服を取りさった。 空の脱いだ体操着が、ばさりとベッドの下に投げ捨てられた。 自ら全裸になった空に、七海が息を飲む。そのなまめかしい姿態よりも、潤みを帯びたその目に惹きつけられて。 「オレの･･･オレの体のことなんか気にしなくていいから。七海ちゃんの好きなように扱っていいからっ。オレをめちゃくちゃにして、オレの中からも兄ちゃんと七海ちゃんとのことを追い出して――」 おそらく多少、勢いもあるのだろう。そう言っている空の頬がいくらか紅潮し、まつげがかすかに震えている。だがその様子がなおさらしどけなく、容易に理性をくずした。きっと、空自身は自覚していないのだろうが、だからこそこちらの欲望を煽る。 七海は空の頬に、そっと手を伸ばした。頬に指を滑らせつつ、その愛しさを堪能する。 「羽柴くん･･･。･･･そうですね。ここで真一朗のことを思い出すってことは、さっきの羽柴くんには、まだ他のことを考える余裕があったってことですよね」 「･･･え･･･？」 なにやら不穏な響きに、ぎくり、と空の体が一瞬強張った。 一方七海は気持ちがすっかり落ち着いたようで、いつもよりさらににこやかな笑顔を見せた。 「私も、羽柴くんが他のことを考えられないくらいにしてあげますよ。今度は、本当に」 「･･････」 なんとなく嫌な予感がしないでもなかったが、もう空に退くすべはなかった。 ――そうして。 「ん･･･っ、はぁ･･･な、ななちゃん･･･っ」 七海も衣服を取りさり、互いの四肢を絡める。相手に熱を分け与えるように、自分の体の甘さを相手に伝染させるように、なにもかも忘れて快感を追い求める。 空は意識の向こうで何度かチャイムが鳴っているのを聞いたが、チャイムの音はけして空の蕩けた思考の妨げにはならなかった。 幾度も肌を合わせても、おさまらない体のほてりがある。一度の融合だけじゃ熱が散らず、さらなる熱が新たに生まれて自分をもっとと急かした。 体の奥で欲しがっている甘さ。収縮して取り込んで、こすらせてそれでもなお際限なく。 「あ･･･っ、な、なみちゃん･･･ちょ、ちょっと、さすがに･･･んっ･･･も、う･･･はぁ･･･」 ――何回か頂点を迎えると、次の頂点までは少し時間が必要となる。空は自分でも何回達かされたのかわからなくなったころ、くしゃくしゃになったシーツを掴みながら、息絶え絶えにそんなことを言ってみた。いくら自分からどう扱ってもいいと言ったとはいえ、七海は本当に手加減をしなかったのでさすがに体がきつくなってきたのだ。 それに、時間のこともある。そろそろ誰か来たっておかしくないくらいの時間が経っているのではないだろうか。 「だめ。羽柴くんが、自分から好きにしていいって言ったんだから、そうさせてもらいます。それに･･･」 私、まだ怒っているんですからね?――そんなことを言って、無情な恋人はさらに腰を押し進めた。 空の体が甘く反応し、意識が再び取り込まれはじめる。 「――っ、んっ･･･あっ、ああっ･･･」 七海に触れられていないところが、熱く脈動する。後ろだけしか快感を与えられていないのに、全身を支配する強い熱がある。空は自分でも無意識に腰を揺らしながら、その熱に身を任せた。 「･･･はあ･･･」 ベッドの下に落ちていた衣服を再び身につけたあと、空は深い溜息をついた。 いつの間にか時間がたち、今はすっかり放課後である。けがをした体育の次の授業はおろか、昼休みも午後の授業も過ぎ去っていたのだ。 そんなに長い時間ここでヤっていたのかと思うと、我を忘れて夢中になっていた自分に対し、気恥ずかしさに襲われる。 自分が言い出したのだが、本当にかなりめちゃくちゃにされたような気がする。 半分、意識がとんでいた――というか、今はあまり深くは思い出したくない――ので、どんなふうにされたかちゃんとわかってはいないのだが。 そのめちゃくちゃさが痛みだけだったら恨みもするのだが、七海は以前のときより激しかったものの、こちらをしっかりたっぷり巧みに追い上げた。ときに丁寧に、焦れるほどじんわりと。また執拗なほど同じところを責めて、続けざまに激しい愛撫を。――それはそれで、空の中でしっかり別の恨みの対象となったが。 （もうほんとに･･･。･･･クセになったらどうしてくれんだよ、七海ちゃんっ･･･!?） ちらりと空が横目で見ると、七海は鼻歌を歌いながらベッドのシーツを替えている。ベッドからはがされたシーツは今は丸まって七海の足元にあるが、空は正視できなかった。 かなり汚した記憶がある。汗もかいたし、ここには他に脱臭剤や芳香剤も必要なのではないだろうかと思ったりする。 思えば、真一朗と七海がそうして過ごした場所で、自分や祭は平然と遊びにきてもらったおやつを食べていたのだ。 （うわ･･･。オレなんか、もう恥ずかしくてここで茶飲んだり、食ったりできねーよっ。つーか、けがの手当てだって、普通に遊びに来ることだってなんか･･･） ここでなにもしていなかった今日だって、七海を強く意識せずにはいられなかった。ここで濃厚な時間を過ごした今後は、一歩でもここに入ったらその気になってしまいそうな気がする――やばいことに。 「マジで七海ちゃん恨む〜っ」と、空が心の中で大きく叫ぶ。 七海の言う‘新しい思い出’がこういうことなら、自分は気楽に立ち入れない場所をこれからどんどん増やしていくだけなのではないだろうか、とも考えた。 そして。 空はあることに気がついてしまった。 「ね、ねえ七海ちゃん･･･」 空は、怖々とした声で七海を呼んだ。ベッドメイクをしていた七海がふと顔を上げてこちらを見た。 「なんですか？」 「あ、あのさあ･･･さ、さっきの話だけど･･･」 「･･･また真一朗のことですか?」 七海の声が低くなり、不機嫌な表情となったが、今の空にはもっと気にかかることがあった。 「えっと、兄ちゃんとの記憶を塗り替えるようにオレとの新しい思い出を作りたいってさっき七海ちゃん言ってたけど、それってまさか･･･ここや七海ちゃんの部屋だけじゃなくて、オレも事務所の台所や玄関とかでされるわけじゃ･･････な、ないよな。まさかねっ」 はははっ、いや、バカなこと聞いてごめん七海ちゃん･･･、とかわいた笑いを浮かべつつ付け足した空に。 七海が爽やかに微笑んだ。 「ベッド以外のところでするのって、なかなか楽しめるんですよ？」 「――」 「羽柴くんもそのうちわかりますよ。ふふっ。二人でたくさん新しい思い出を作りましょうねｖ」 （それって、兄ちゃんの趣味だけじゃなくて、七海ちゃんもそういうのが好きってことじゃ･･････） 自分のこれから先のことを案じて、空は内心で引きつったのだった。 おわり |