『ごめん、啓太。急な出張が入っちゃってさ、五日くらい帰れないかもしれないんだ。啓太におみやげを買ってくるから、少しの間だけ･･･ごめんな』 そう言って、和希が出張に出かけていったのは三日前のことだった。 海外出張だとかで、出張の間電話もままならないらしい。 『俺がいない間、これを俺の身代わりとして啓太に預けていくから。部屋においといて、これを見るたび俺のことを思い出してくれよ。じゃあな』 別れ際は意外なほどあっさりしたものだった。いつもなら自分の留守の間のことをあれこれ心配する和希が、特別なことをなにも言い置かず、簡単に手を振って去っていく。 自分の身代わりと称した、青いクマのぬいぐるみだけを啓太に残して、和希は啓太のもとから離れていったのだった。 「ただいま･･･」 学園から返ってきた啓太は、誰とはなしにそう言って机の上に鞄を置いた。薄暗い部屋の中で溜息をつくと、部屋の隅にちんまりと座っているクマのぬいぐるみがいやでも目に入った。 啓太はそのぬいぐるみのそばにいくと、ぬいぐるみを抱えあげた。 片手で持つには大きいそれを両腕でしっかりと抱え、その顔をまじまじと見つめる。愛くるしいクマの顔は啓太の帰りを喜んでいるようにも見えたが、そのかわいさはただ啓太の不機嫌さに拍車をかけただけだった。 「･･････和希のバカ」 呟いて、クマの左頬をぐにっとつねる。それだけじゃ気持ちがおさまらなくて、ついでにクマの頭も小突いてみた。 和希が出張に行ってしまってから、啓太はなんとなくこのぬいぐるみ相手に憂さを晴らすようになってしまっていた。勿論ぬいぐるみに八つ当たりした程度では、啓太の不機嫌さがなおるわけもなかったのだが、それでも和希が残したこのぬいぐるみを見ていると無性に腹立たしかった。 「こんなもので俺の気持ちが宥められると本気で思っているわけじゃないよな。ぬいぐるみにおみやげだなんて、和希のやつ、俺のこと子供扱いしてさ。そりゃあ確かに和希から見たら俺はまだまだ子供っぽいかもしれないけど、でもさ･･････」 ――子供、だから。 まだまだ子供だから、聞きわけよく留守番したりなんかしない。 まだまだ子供だから、ちょっといないだけでもこんなに寂しくなってしまう。 啓太は腕の中のクマをぎゅっと抱きしめた。抱きしめてその体に顔をうずめると、ほのかに和希の匂いがした。いつもこうして腕の中におさめている和希の優しい香り。 「･･････」 啓太はますます腕に力を込めた。いい年をした男がぬいぐるみを抱きしめているなんておかしい構図だとわかっていても、クマのぬいぐるみを突き放すことはできなかった。 和希が出張に行ってからの三日間。くまのぬいぐるみに当たっていても、結局最後にはこうして抱きしめてしまう。和希はこれを狙って置いていったのだろうか。 「でも別に俺だって忙しい和希にわがまま言う気なんてないし。和希の仕事も立場もよーくわかっているし。電話がなくったってメールする暇もなくったって、別にそのことで文句を言ったりなんかしない。ただ･･･」 ただ、あんなふうにあっさりと捨て置かれたのが悔しかったのだ。悔しくて、無性に悲しくて。 いつもなら何日も会えないというときは時間の許す限り啓太のことを心配して愛を囁いてくれるのに、今回ばかりは和希の態度がすごく淡白でそれがさみしかったのだ。留守にするなら、その間さみしがらなくてすむくらいの愛情を残しておいてほしいのに。そうすれば安心して和希の帰りを待つことが出来るのに。 「･･････出張は出張でも、きれいな女の人と関わるような仕事内容だったりして。それで和希のやつ浮かれてて、俺のことをおざなりにしたのかもしれない･･･」 さみしさから、そんな疑心暗鬼にかられてしまった啓太の耳に、コンコンとドアを叩く小さな音が聞こえてきた。 「伊藤、いるか？」 声の主はどうやらクラスメートのようで、啓太は慌ててクマのぬいぐるみを元の場所に置くと、すぐにドアを開けた。 「なに？」 「あ、いたいた、よかった。きっと伊藤も部屋にいるだろうから、誘って来いよってみんなに言われてさ」 「みんな？」 「クラスのみんな。つっても何人かだけなんだけどさ。今俺の部屋に五人くらい集まっててさ、ビデオ上映会するところなんだ。それで伊藤も来ないかなと思ってさ」 「ビデオ･･･上映会？」 聞き返すと、そのクラスメートはにやりと相好を崩した。 「先輩から濃いビデオを何本か借りてよ、一人で見るのはもったいないからみんなで一緒に見ようって話になったんだ。パッケージ見たけど、なんか期待できそうだぜ」 「･･････それって、いわゆる･･･」 話の内容から、啓太は今誘われている集まりが、普通のビデオ上映会ではないことに気づいた。啓太とて健康な男子としてそういうものにまったく興味がないとは言わないが、今は特別そういうものを見たいとは思わなかった。 「んー･･･別に今はいいよ。また今度のとき誘ってくれよ」 「ンなこと言うなよ。すっげえおいしいビデオなんだって！ 中身のほうはマジで保証するからさ」 「でもなあ･･･」 「ちょっとだけ見てつまんなかったらそのときに帰ればいいしさ、とにかく少し顔を出せよ。いいじゃん、遠藤とばかりいないでたまにはクラスの人間と交流持ったってさ」 「な、なんでそこに和希の名前が出てくんだよ!?」 「だってお前たちいつも一緒にいるだろ？ 今遠藤休みだし、たまには俺たちに付き合えよ。･･･あ、それともなに、お前たちまさか本当にそうなわけ？ もしかして伊藤って、ＡＶなんかじゃ勃たねえクチ？」 クラスメートの口ぶりからして悪意は感じられなかったが、ここで断って後々変なことになってもまずいので、啓太は諦めてこの誘いにのることにした。噂が自分に関することだけならまだしも、やはり理事長である和希の醜聞は問題だと思うのだ。 「そんなわけないだろ。いいよ、じゃあちょっとだけお邪魔するから」 「そうこなくっちゃな！ 実は俺がビデオを借りた先輩も他のやつから借りたみたいでさ、又貸しだから今日中に先輩に返さなくっちゃいけなくてさ。いや、さすがに伊藤は強運の持ち主だよ。いいときに部屋にいたよな」 明るくそう言って両肩をばしばし叩いてきたクラスメートに、私服に着替えてから部屋に行くからと伝え、啓太はクラスメートとわかれた。ドアを閉めてからさっそく着替えはじめる。 ――この誘いにのったことで後々どんなことになるかまったく気づかず、啓太は無言で鎮座しているクマのぬいぐるみを振り返ることなく私服に着替えたのだった。 「･･･すご･･･っ」 「･･･････っ」 誰かが生唾を飲み込んだ音がした。その音もたちまちビデオから流れてくる女性の喘ぎ声に消されていく。 画面の中はもうフィニッシュ直前で、一組の男女が激しく絡み合っているところだった。ひっきりなしに聞こえてくるベッドの軋み音が、行為の激しさを物語っている。 テレビを囲むようにして今その部屋には啓太を含めて六人の学生たちがいたが、どの顔も画面に釘付けになっていた。 ビデオ上映の開始当初からあられもない姿の女性の痴態に学生たちは興奮状態になっていて、過去何度かアダルトビデオを見たことがある啓太も例外ではなかった。普段和希に抱かれていても、自分が抱かれているときとはまた違った興奮と熱に包まれてしまう。 画面の中で男女がひときわ激しく動き、やがて荒い呼吸とともに緩慢な動作に変わっていった。 「･･･悪い、俺ちょっと中座するわ」 ぼそりと言い置いて、学生の一人が立ち上がった。続いて二人ほど、同様に立ち上がる。 「俺もちょっと」 「またあとで戻ってくるから」 「おいおい･･･。ったくしょうがねえなあ」 部屋の主である啓太を誘った人間が、ぼやきながらビデオを止めた。巻き戻しせずにそのまま取り出し、あらかじめ置いておいたもう一本をビデオデッキに挿入する。 「さて、今の感じだとこっちも期待できそうだな」 啓太は次々にクラスメートたちが出ていってしまったので逆に部屋を出るタイミングを逃し、そのままその場に座っていた。 そして、二本目のビデオ上映がはじまったのだった。 「――っ」 ビデオがはじまってしばらくして、啓太は固まりかけた。 タイトルを見たときはなんとも思わなかったのだが、『イケナイ社長室～パパがんばってｖ～』というそのビデオの舞台はタイトルどおり社長室という設定で、その社長室が啓太の知っている部屋によく似ていたのだ。勿論画面の中の部屋はあきらかに安っぽい作りなのだが、壁や天井の色や机の配置などが、学園の理事長室を思わせた。 ビデオの中では秘書らしい格好をした女と社長らしい格好の男が話をしながらキスをかわしていた。グレーのスーツを着た〝社長〟が、〝秘書〟を大きな机に座らせ服を脱がせていく。〝秘書〟のオレンジ色のスーツの上着を脱がし、シャツをはだけていくその構図に、啓太の記憶が重なった。 ――か、和希、もう帰るんだろ？ 今和希がそう言ったばかり･･･っ･･･。 ――やっぱり気が変わった。ここで食欲を満たすことにする。 ――食欲じゃなくて、和希のは性欲だろ!? ちょ、ちょっとどこに座らせんだよ!? 俺の下、書類っ。大事なものだろっ!? ――別にもういらないものばかりだから、啓太の下でくしゃくしゃになろうとなにが付着しようと全然構わないさ。 ――和希･･･っ！ 「『ああんっ、だめ。社長、まだお仕事中ですわ･･･ぁんっ』」 「『ククク･･･そう言っているキミのココはもう充分私を待っているようだがね？』」 「『そんなぁ･･･社長ってば、意地悪ですわぁ･･･っ』」 ――もうだめだって、和希･･･っ。 ――こういうときの啓太の『だめ』は信用できないからな。ほら･･･まだまだ元気みたいだけどな。 ――あっ、やぁ･･･っ。 ビデオの中で服を脱がされた女が、スーツ姿の男に組み敷かれ、甘い声を上げはじめている。男はネクタイをゆるめただけで服は脱がず、余裕を持って女を追い上げているようだった。 勿論ビデオに出ている男は和希とはまったく似ても似つかない。しかし似たような部屋と似たような服装が、いやでも自分たちのことを思い出させた。 一本目のビデオは普通に男女のアダルトビデオとして見られた。けれどこの二本目のビデオは。 「･･････っ」 啓太はたまらなくなって画面から視線をはずした。さきほどよりも自分の身体が熱くなっているのを感じていた。 理事長室で、和希に。 何度も抱かれて、快感におぼれて。ビデオのように自分も甘い声をこぼして和希にねだって――。 「ごめんっ、俺帰るから！」 「え？ おい、伊藤!?」 「誘ってくれてありがと、じゃあなっ！」 啓太はすぐに立ち上がると、挨拶もそこそこにクラスメートの部屋を飛び出した。ばだばたと自分の部屋に帰り、後ろ手で鍵をかけてから息をつく。 それからベッドにうつぶせに倒れこんだ。 「･･････」 自分の部屋に帰ってきても、身体の熱さはおさまらなかった。自分の顔も赤くなっていて、目も潤んでいるだろうと自覚する。ベッドと自分の体にはさまれて圧迫されたソコが、張りつめて存在を主張していることもわかっていた。 「･･･もう、どうすんだよ、これ･･･っ」 ソコだけじゃなくて、やはりベッドに押しつけられた胸の粒もなんだか敏感になっているような気がする。怖くて確かめられないが、指で触れたらたちまちじんと痺れた快感を拾ってしまいそうで。 こんなふうに身体が熱くなってしまっているのはビデオの中身のせいよりも、自分の記憶によるものが大きいのだと、啓太自身よくわかっていた。ビデオの内容をきっかけにして身体が疼いてしまったのは、みんな和希との行為を思い出したからなのだ。 今ここに、和希はいないのに。 「――」 啓太は熱のこもった吐息を吐き出す。ここで無理やり寝ようとしても宥めようとしても、もう無理なのだ。 ビデオを見たあと女の子を想像してするのならともかく、ここにいない誰かを思い出しながらするなんてひどく屈辱的なような気もするのだが。 それでももうたまらないから。 啓太は覚悟を決めて身体を起こした。 壁に背中を預けるようにして座ってから、自分のズボンに手をかける。 ゆっくりと前を寛げ、自分自身を取り出した。 「･･･ん･･･っ」 触る前から、そこはとうに固くなっていた。 啓太は張りつめて先端が濡れはじめていた自分自身を両手で包み込んだ。 |
つづいちゃうんだよ～。
突っ込みどころが多い話ですみません･･･。