「･･･はぁ･･････んっ････」 いくら自分の部屋だろうと、今一人だろうと、やはり声をあげる気にはなれなくて、啓太は声を噛み殺していた。 それでも唇から吐息とともにこぼれ落ちてしまう声は艶を含んでいて、啓太が持つ色香を倍増させた。 目を閉じて行為にひたりながら、啓太は和希にされていることを思い出す。こちらの弱いところばかりを責める意地悪な指先と、耳元から忍び込む甘い声。 〝啓太･･･〟 「ん、あ、和････希･･･っ」 もし目の前に本当に和希がいて自分を責めはじめたら、自分はもっともっと感じて乱れてしまうことだろう。 そんな自分の姿をも想像してしまった啓太の耳に、思ってもみなかった明るい声が飛び込んできたのは次の瞬間だった。 『おっやぁ～？ なんだかすごーく楽しそうなことをしているみたいだねぇ？』 「――!?」 『伊藤啓太クンも顔に似合わずだっいた～んなんだねぇ。このくまちゃんサマの前でそんなあられもない格好をしているなんて』 「く、くまちゃんて、かっ、和希!? 和希だろ!? どこにいるんだよっ!?」 自分一人しかいないはずの部屋の中でいきなり声が聞こえてきて、啓太は慌てて辺りを見回した。ふざけた調子の子供のような声は確かに以前、学園ＭＶＰ戦のときに聞いた声だが、ということはつまりそれは、理事長である和希の仕業ではないだろうか。啓太はそう考え、和希がもう出張から帰ってきてこの部屋にいると思ったのだが。 『やっだなあ。もうボクの声を忘れたのかい？ くまちゃんサマはくまちゃんサマだろ？』 返ってきたのは相変らずくまちゃんことあのときの『理事長代理』の声で、部屋の中には啓太以外の人間の姿はまったくなかった。 「ふざけるなよ、和希！ 帰ってきてるなら出て来いよ！ こんな変なことしてないでっ！」 『チッチッチッ。わかってないなぁ。遠藤和希くんならまだ出張中だよぉ？ 日本にすらいないのに、こーんなところにいるわけないだろ。ここにいるのはくまちゃんサマであるボクだけなんだからね』 「なにが日本に･･･って･･･え？ まさか本当にいないのかよ和希!?」 啓太はもう一度ベッドの上から部屋の中を見回した。今度は和希を探すためではなく、部屋の中にカメラの類が設置されていないか確認したのだ。こちらの姿を見て話すぐらい、この場にいなくてもできる。ただ一台のカメラさえあれば――。 そんなプライバシーの侵害になるようなもの、もし見つけたらただじゃおかないと決めて啓太は部屋の中を見たが、見慣れないカメラやそれに類する機材のようなものはまったく見当たらなかった。 「ど、どこから見てんだよ和希！」 『だーかーらぁ、ボクはくまちゃんサマだって言ってるだろ。もうっ、物覚え悪い子だなぁ。ボクなら、ちゃあんと啓太クンと同じ部屋の中にいるよ』 「同じ部屋って、まさか･･･」 啓太が、三日前和希が置いていった青いクマのぬいぐるみに目を移す。部屋の隅にちょこんと座っているクマのぬいぐるみは別に目を光らせているとか動いているということはなく、学園から帰ってきたときと変わらないままその場所にあった。だが無言で座っているその姿だからこそ、なんとなく不気味なものを感じた。 『ピンポーン。あったり～。ボクはココにいるんだよ～！ それより啓太クン、せっかくボクがココにいるんだから、早く続きをしてくれないかなぁ。ボクは啓太クンのさっきのかっわいい声がまた聞きたいなぁ。ほら、啓太クンのムスコくんもさっみしそうだけどなぁ』 「･･････っ！」 『おやおやぁ。そんなに無理やり押し込んだら挟んじゃって大変なことになるぞ～。そんなに元気がいいまま終わりにしたら、啓太クンがつらいんじゃないのかなぁ？』 「う、うるさいっ」 『照れなくていいんだよ～。さあ、このボクがちゃあんと見ててあげるからつ・づ・き、やってごらん』 「やらないっ。やるわけないだろ！」 啓太は〝くまちゃんの声〟に言い返しながら、慌てて寛げていたズボンのファスナーをあげた。いきなり変な声が聞こえてきたためにそちらに意識をとられてしまったが、たった今まで自分が何をしていたか、ようやく気づいたのだ。クマの言うとおり、確かに今の今まで触っていたために、ズボンで隠したところでその中の状態は明らかだったが。 『つらいのに無理すると、あとがきつくなるんじゃないのかなぁ。もー、啓太クンは照れ屋サンなんだから。そんなに膨らませといて我慢しても、イイことなんてなんにもないぞ～』 「別に我慢なんかしていない･･･」 啓太は視線を泳がしてそう答えながら、ベッドの上の布団を引き寄せた。自分の下半身を布団で覆い隠す。 実際は、その部分は熱を持って解放を待ち望んでいるのだが、やはりこんな奇妙な状況の中で続きをしようとは思えなかった。言われることが想像つきそうで、場所を移してトイレで、という気にもなれない。 『んも－、意地っ張りサンだな－。でも別にボクはそれでもいいけどー。だって我慢している啓太クンて、すごくそそるしねぇ。顔を真っ赤にさせてお目目はうるうるしてて、ぷっくりとした唇も少し開いたうえに濡れてて。呼吸するたんび、なんか･･･淫らだよ、今の啓太クンて』 「･･･っ、そんな変なこと言うなよっ」 『だって、ほんとのコトだしね。啓太クンは自分で気がついてないのかなぁ？ 啓太クンのおよーふくの中、今あっつくなっちゃっているんだろうなぁとか、頭の中そのことでいっぱいなんだろうなぁって思うと、ボクすんごくワクワクするんだよねー。啓太クン、すごくおとなしそうな顔してるのに、でも今、ホントはしたくてしたくてしょうがないんだろうなぁって思うとね。･･････啓太クンの、誰にも触ってもらえなくて今困っちゃってるんだろうなぁ。どんどん大きくなっているのにお外に出してもらえなくてかっわいそうだなあー。あっ、それとも啓太クンてば我慢して自分を追い込んで、そうしておズボンの圧迫感なんかでますます感じて昂ぶるのを愉しんじゃっていたりするのかなぁ。うーん、それはくまちゃん一本取られちゃったねっ』 「や･･･っ、だからそう言うのよせってっ！ か、和希だろ!? おまえがどっからか話してるんだろ!? カメラで見てどっかのスピーカーで話しているのかもしんないけど、とにかくもうこういう悪趣味なことやめろよ･･･っ」 『悪趣味？ やっだなぁ、悪趣味なのは啓太クンの方なんじゃないかなぁ？ ねぇ･･･いつまでこういうコト続けるのかな？ もう本当は今したいこと、今啓太クンがやらなくちゃいけないコト、もうよーくわかっちゃってんのにさ。いつまで自分を焦らしていじめて、愉しんでいるのかなぁ？ もっともっと熱くさせられてからじゃないといやなの？ そのうえでもっといやらしくなってみたいのかなぁ、啓太クンは。ほんとに･･････困ったちゃんなんだね』 「･･････っ」 愉悦をにじませたその声に、啓太の体がびくっと反応した。頭の中では落ち着かなくちゃと思っているのに、そう思えば思うほど身体が熱くなってしまっているような気がする。 啓太は耐えきれなくて両耳を押さえたが、それでも唇からこぼれる呼吸はますます熱を帯びていく。 今、したいこと。 今、しなくちゃいけないこと。 しなくちゃいけないことなんて本当はないのだと心のどこかではちゃんとわかっているはずだった。そんなのはただの挑発にしか過ぎない。 けれど身体が、だんだんと我慢の限界に近づいているのも啓太は自覚していた。 この状況は異常すぎる。部屋の中には自分一人しかいないのに、どこからか自分以外の声が聞こえているのだ。それも、ふざけた調子の子供の声が。 クラスメートと見たビデオに煽られてもてあましている熱い身体。通常だったらさっさと部屋を出て行くか、徹底的に家捜ししてカメラやスピーカーなどの類を見つけて、はずしてしまうところなのだが。 『ねぇ、啓太クン』 まるで耳を押さえている啓太の両手の下から忍び込むように、その声が啓太の耳に入ってきた。 相変らず笑いをにじませた、不思議な響きを持った声が。 『･･････しても、いいんだよ？』 「――！」 こんなにも異常な状況、なのに。 自分はもしかしたらとうにおかしくなってしまっているかもしれなくて。 啓太はそっと布団をどかした。 頭の中で鳴り響く警鐘を無視して、そろりとズボンに手をかける。 だめ、なのに。 でもとまらなくて。 そうして啓太は、再びズボンのファスナーをおろして自分自身を取り出したのだった。 |
行為再開？